(一)

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 そしてコンクリート塀と、やはり続く神社の垣根を両側にしたその傾斜をくだる。すると間もなく、道はわたしを左方向だけに導く。ここにきてやっと、幅のある路地が正面に現れ、その向うの車道に添う、華やかな外観の店舗も見えてくる。同時に、陽光も顔を出すことになる。  入り組んだ、とまではいえないこの裏道だったが、しかしそれでもその風情が、そこはかとない異質感、非現実感をもよおわせ、迷宮に誘い込まれるような興奮を変わらずわかせるから―――というのが、帰り道に選ぶ二つ目の理由だった。  ただ当然、その昂りは、翳りを抜けた時点で霧散するのだが。  路地は片側に、ビルの無機質な吹きつけの側面だけを見せるが、一方には、雑貨店や年配者向けのブティックなど、小ぶりの店舗が並んでいた。―――はずだったが……。  ん?  覚えのない建物が目に入った。それは坂道を曲がってすぐ、いわゆる路地の一番奥まった位置に。  くすんだ赤レンガを基調にした外観の、その二階建てがカフェであることは、上階とのちょうど狭間あたりに設えた突き出し看板ですぐに知れた。 《喫茶 五月雨》  横に丸太を組んだデザインのドア。その両隣には十字の格子がはまった出窓が店内を映し、同じものが二階部にも二つ、青空を映し並んでいる。  新しくできた感じでもないこの店を、はて、自分は見すごしていたのだろうか……。  とてもそうは思えなかったが、ともかくも、急激に喉の渇きと足のだるさを覚えてきたのは、思いがけず感じのよさそうな喫茶店を見つけてしまったからか……。  また、出窓の内に置かれた「全席禁煙」のプレートにも嬉しさをもよおしたわたしの手は、躊躇なく丸太のドアを押した。 “カランカランカラ~ン”  と、喫茶店にはありふれた涼しげな音とともに、 「いらっしゃいませ」  重なった二つの声に迎えられた。  店内は、コーヒーの香ばしい香りと、薄く流れるジャズに満たされている。 「おひとりさまでございますか?」  すぐに対応に出たウェイトレスは、表情にまだ若干の幼さを残す、おそらく高校生ではないかと思われる子だった。が、その品を感じさせる口調と美形の面、それと、リボンタイを襟元にする白ワイシャツに、腰までのエプロンが巻かれた膝丈の黒スカートという、シンプルかつ清楚ないでたちが相まって、カジュアルな外観とは裏腹に、この店を高級店に映した。 「ええ」
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