(四)

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 このようなチャンスを得たからには、いち速くあのときと同じ感動を味わい、それを寸分違わず、すぐさま原稿に起こしたい。  それに、万が一時間を経ることによって、今生まれている熱気が失われてしまい、そんな行動に怯えを抱くようにでもなってしまったら、元も子も……。  しかし―――だからといって、どうすれば……。  思わず首を仰がせた。  すると、  んっ……。  その目に入ったスポットライトの一つが、思いも寄らない発想をもたらせた。それは天啓といってもいいほどの。 「ここで撮ったらどうかしら!?」  勢いよく戻した顔でいった。 「えっ?」 「ここだったらほら」  わたしは右腕を天井に差しあげ、 「バトンもあるし、照明も」 「……たしかにバトン、強度ありそうですし、おそらく可能でしょうね」  つられてあげた顔で彼女は同意したが、やおらそれを戻し、 「でも……」  若干表情を曇らせた。 「あ、もちろん撮影料はお支払いするわ」 「え、あ、それは、ありがとうございます。だけど……」 「あ、そっか。もちろん観覧時間が終わってからででいいの。雨野さんの都合のいいときに合わせる」 「ええ、それなんですけど―――実は、このギャラリー借りてるの、今日までなんです」 「えっ……」  という驚きが、脳裡に表の看板を映しだした。  開催期日は―――たしかに今日までと書いてあった、ような……。 「だから撮影するなら、これからすぐにしないと。七時には閉めて、後片づけに入らなくちゃならないので。―――ここ、時間の延長が効かないんです」  そう、ちょっとすまなそうにいった彼女は、たとえ後日借りようとしても、もう相当先までびっしり埋まっていると聞いたし、また、こんな感じのギャラリーがほかにあるかは知らず、新たに借りる費用もないと説明した。 「あと一時間と少ししかありません。その範囲で撮れるだけ、でよろしければ」  卓上に出してあったスマホを一瞥し提案してきた彼女へ、否を突きつける理由などない。 「お願い」  張った声で背筋を伸ばした。 「わかりました」  同じように力強く返した彼女の瞳に、どうしてだか艶っぽい輝きを見た気がした。  が、その刹那襲った疑問が、「だけど」口を衝いた。 「カメラや三脚は……」
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