(四)

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“ウウウッ!”  音なきうめきが脳内に反響する。  首に食い込むロープは力を込めているぶん、若干ではあるが、さっきよりきつさを希薄にさせている感じだった。が、そんなときもほんのわずかで、苦しさで力みが緩まるとともに、たちまち激痛は襲ってきて―――。 「グウェッ!」  連写音に重ね、人のものとは思えぬ音を今度は空気伝いに訊いた鼓膜が、同時にキーンという強烈な不快音を携えているのは、その機能を危うくしているからか―――。  そして、 “オオウォ……”  天井を映している網膜。それは眼球が意図せずあがりきっているから。  死ぬんじゃ……。  霞んできた視野がその危惧をよぎらせたものの、 “ウググゥ……”  ……アラームが鳴るまでは大丈夫……。  わずかに残る意識が辛うじて鼓舞した。                (……ノゾミ……)  だが、 “ゲェェェェ……”  溶鉱炉の真上であぶられているごとき灼熱を感じていた全身は、その意思に抗った。  両足が圧力を感じてすぐロープを外した首は、意に反し即座の呼吸を拒否した。が、肺の働きを無理強いさせたら、さっきよりも激しい咳で息は運ばれた。それでも普通のとは到底いかない息遣いでフロアに降りると、途端にせりあがった胃が、その内容物の逆流感覚をもよおさせた。―――しかし、すんでのところでこらえた。 「大丈夫ですか!?」  同じ台詞をくり返した彼女は、お茶のつがれたコップをうつむくわたしの顔面に差しだしながら、やはり背中をさすってくれた。  その彼女の手が、貼りつくシャツの不快さを覚えさせた。また、発汗は背中だけではなく、全身に広がっており、寒いくらいだった室内を幻にしていた。  咳が収まり動悸も落ち着くまで、さっきよりも時間がかかった。その間なにも声をかけず、ずっと背をさすってくれていた彼女に、ありがとうの意味で一つ頷くと、コップを受けとった。  一口含んだお茶はしかし、大きくむせた喉が吐きだしてしまった。 「ごめんなさい」  涙目の詫びは、自分でも聞きとれないほどかすれていて―――。 「いいんです、いいんです」  早口を返した彼女は、再開された咳で震える手からコップを受けとると、急くように探ったスカートのポケットからハンカチを出し、わたしの口元へ寄せた。  やはりありがとうの頷きを返し、いい香りのするそれを使わせてもらった。
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