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踏み台の椅子に腰かけながら、喉と肺の鎮まりを待った。
水分を喉に通そうとした際の違和感は、痛みといっていいもので、それはいたわるようにさすった首も同様だった。ヒリヒリどころではない痛み。掌を見ると、薄ら血がついている。
爆発しそうな脳の感覚に違いはなかった今のトライは、確実に一度目よりひどい状態にわたしを追い込んだ。
「さっきよりだいぶ撮れました」
わたしの落ち着きを見計らってか、三脚の向うから、彼女は柔らかな表情を向けてきた。
ゆっくりと立ちあがった躰に若干の脱力感はあったものの、それもすぐ収まったので、彼女のもとへ歩を進めた。
「……どれぐらい吊れてたかしら?」
声にも元の濃さが戻ってきていたので、少しほっとする。
「五秒はいけました」
「五秒……」
あれで、五秒、か……。
「でも、さっきよりずっといいと思います」
と、小さめな口は、その両端をもっとあげた。
カメラ前を譲るようにどいた彼女にかわり、モニターを覗き込んだ。
脇からの小さな手が操作する画像のほとんどは、一層の苦悶を表していた。
しかし―――、
「これでいいんじゃないでしょうか」
とかけられた言葉には、素直に同意できなかった。
事実、その苦しげなわたしから興奮を誘いだそうと思えば、できないことはないように思えた。でも、はたしてそれが、
“先には絶望しかなく、助けなど望めない顔”
だろうか……。
安全とわかっているのだから、もともとそんな表情は無理なのかもしれない。だが、限りなくその表情に近寄りたいという欲望が満たされなければ、こんな行いは無駄と終わるのではないか……。
「限界までいった人たちの顔と比べて、苦しさの感じ、どうかしら?」
彼女へ痛む首をよじった。
「……ええ、まあ、べつに遜色はないかと……」
濁すような返答が、わたしの推測の正解を証明した。
―――やはり。
少なくとも鉄扉脇に飾られていた彼女らは、その後ろ姿だけでも、充分わたしに劣情をもよおさせた。誘いだそうとしなくとも。
おそらく彼女たちの正面にまわり込んだならば、そこには“先には絶望しかなく、助けなど望めない顔”に、はてしなく近い色があったはずだ。
このわたしの写真では、まだ甘い。―――導きだされた結論だった。
とすれば方法はただ一つ―――。
九秒ぎりぎりまで宙に浮くこと。
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