(四)

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 踏み台の椅子に腰かけながら、喉と肺の鎮まりを待った。  水分を喉に通そうとした際の違和感は、痛みといっていいもので、それはいたわるようにさすった首も同様だった。ヒリヒリどころではない痛み。掌を見ると、薄ら血がついている。  爆発しそうな脳の感覚に違いはなかった今のトライは、確実に一度目よりひどい状態にわたしを追い込んだ。 「さっきよりだいぶ撮れました」  わたしの落ち着きを見計らってか、三脚の向うから、彼女は柔らかな表情を向けてきた。  ゆっくりと立ちあがった躰に若干の脱力感はあったものの、それもすぐ収まったので、彼女のもとへ歩を進めた。 「……どれぐらい吊れてたかしら?」  声にも元の濃さが戻ってきていたので、少しほっとする。 「五秒はいけました」 「五秒……」  あれで、五秒、か……。 「でも、さっきよりずっといいと思います」  と、小さめな口は、その両端をもっとあげた。  カメラ前を譲るようにどいた彼女にかわり、モニターを覗き込んだ。  脇からの小さな手が操作する画像のほとんどは、一層の苦悶を表していた。  しかし―――、 「これでいいんじゃないでしょうか」  とかけられた言葉には、素直に同意できなかった。  事実、その苦しげなわたしから興奮を誘いだそうと思えば、できないことはないように思えた。でも、はたしてそれが、 “先には絶望しかなく、助けなど望めない顔”  だろうか……。  安全とわかっているのだから、もともとそんな表情は無理なのかもしれない。だが、限りなくその表情に近寄りたいという欲望が満たされなければ、こんな行いは無駄と終わるのではないか……。 「限界までいった人たちの顔と比べて、苦しさの感じ、どうかしら?」  彼女へ痛む首をよじった。 「……ええ、まあ、べつに遜色はないかと……」  濁すような返答が、わたしの推測の正解を証明した。  ―――やはり。  少なくとも鉄扉脇に飾られていた彼女らは、その後ろ姿だけでも、充分わたしに劣情をもよおさせた。誘いだそうとしなくとも。  おそらく彼女たちの正面にまわり込んだならば、そこには“先には絶望しかなく、助けなど望めない顔”に、はてしなく近い色があったはずだ。  このわたしの写真では、まだ甘い。―――導きだされた結論だった。  とすれば方法はただ一つ―――。  九秒ぎりぎりまで宙に浮くこと。
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