(一)

3/6

15人が本棚に入れています
本棚に追加
/91ページ
 わたしの頷きを見ると、 「二階席もございますが」  変わらぬ丁寧な調子で彼女は添えた。  空いていれば上階で、と思っていたわたしは、「じゃあ」と、通路奥に見える折り返し階段へ向かった。 「ごゆっくりどうぞ」  背に送られたべつの声の主も、やはり若い女性―――といっても、三〇を少しすぎたぐらいか―――で、彼女が立つカウンターの前に席はなく、ドアから伸びる通路を挟んでのその正面にも、客の姿のないふたりがけのテーブルが三脚置いてあるだけなので、そう広くはないフロア―に圧迫感はなかった。  同じく人影のなかった二階スペースには、出窓以外にも両開きの窓が三つほどあった。それらは神社側に向いて開放されており、重なる青葉の上方からの陽射しをとり込んで、階下よりも遥かに明るいスペースを演出している。  人の溢れていた今日の街だったのに、ひとりも来店者がいないのは……見つけにくい場所柄かしら?―――と勘ぐりながら眺めた境内とは逆側の壁には、書棚のような造りが一角に設えてあり、そこには、洋書や鉢植えのハーブ、額に入ったポストカードなどが、無造作に飾られている。  ありがちだけど、結構好きな演出。  心中で称賛し、陽光を正面に臨む一席に着いた。  境内側、書棚側に、それぞれ三脚ずつ並べた一階と同じふたりがけテーブルの配置は、やはり下同様、隣席とのスペースがゆったりとられており、素直に好感が持てた。  間もなくあがってきたウェイトレスにダージリンアイスティーを頼み、置かれていったグラスの水を半分ほど飲む。フーッと一息吐きだし、木製の背もたれにもたれると、窓からの心地よい微風が頬をなぜた。  いいお店、見つけちゃった。  という喜びに続き、  それにしても、こんなとこ、前からあったかしら……。  さっきと同じ問いが、再び浮かんだ。―――が、 「ま、いっか」  息でつぶやき、トートバックからスマホを出した。  開いたのは、登録している小説投稿サイト。  とあるコンテストの結果発表画面へいく。それはそのサイトと大手出版社がコラボして開催したもの。  最終選考欄に自分のペンネームがある。しかし、今日告示のあった受賞者一覧には、ない。何度見ても、同じ。  と、そのスマホが電子音でメール通知を知らせた。  画面を変える。 〈サッチン〉  ごく見慣れた送信者のニックネームの下に、
/91ページ

最初のコメントを投稿しよう!

15人が本棚に入れています
本棚に追加