(四)

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 乱れた髪の下、飛び出る寸前のように眼窩から大きく張りだした眼球は、その白目を真っ赤に染め、鼻孔からは粘液にまみれた血液が、絶叫するように開かれた唇を経由し、あご、首筋へと、よだれをともない滴っている。  クローゼットのパイプに結わえつけたロープで首を吊っているそんなわたしの姿は、いつか見た恐怖漫画の登場人物のそれそのものであり、あのとき妄想した教師の姿でもあった。  ただ大きく異なるのは、それが鼓動をとめた首吊りの(むくろ)ではなく、未だ、残りわずかであろう生命活動を続け、躰をばたつかせている実写という点であった。だからこそ、異常なほど垂れさがる舌先からの唾液は、飛び散り、鏡面全体を濡らしている。  それを認めた途端、 「グウォエェェェ~!」  不様に開けられた口から獣さながらの咆哮を聞き、吹き飛んでいた激痛が再び襲ってきた。そこに快感、劣情など、微塵も入り込む隙はない。 「ガァゲェェェェ~!」  真っ赤に燃えあがる鏡の顔が訴える。  アラームは!?―――いや、そんなものないんだ! 「オォウェェェェェ~!」  苦悶の叫びに同調し、長く伸びきった舌が、いぶられた蛇のごとくのたうつ。  もういい! もうやめよう! もう終わりだっ!  意識が蜘蛛の糸のように細くなっていく。  もうしっかり見たっ!  自由にならない声で叫ぶと、足を降ろした。が―――、  ない……! 地面がない!  クローゼットのパイプはそんな高さに渡されていない。たかだか頭のすぐ上。だったら、足裏は床にすぐつくはず。  錆ついた思考回路を力ずくで働かせる。  自分の意思であげ続けているのか……。時はまだきたりぬと、脳の指令を拒否しているのか……。そんな馬鹿な!  であればパイプをつかめ! という命令も、腕はまったく関知しない。―――もしや全身はすでに感覚を消失させているのか!?―――いや、だとすると、痛覚だけが存在しているのはどういうわけだ!?  出ない声で花奈に助けを求める。  いや、彼女などいるはずはない。ここは明らかに普段の生活の場。―――しかし、わたしはたしかにギャラリーにいて……。  死滅していく脳細胞でこの謎を解こうとするのは、無駄な努力だった。  依然として鏡はわたしひとりだけを映していて―――。  もしかしてあのギャラリーこそが、幻想だったのか……。  惑いがここへきて、なぜだかふと、“傘”を脳内スクリーンに投影した。
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