(思索④)

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(思索④)

     (思索④)  PCから視線を外すと、手元に置かれていたハンカチで両目をそっと押す。  四章からなる物語を読み返した目は、さすがに疲労を訴えていた。  瞬きを幾度かくり返し窓へ焦点を合わせる。ガラス全面を叩く雨の音が、すると、私の脳をも刺激したのか、ふいに疑問が浮上した。 “先には絶望しかなく、助けなど望めない顔”を見たいという欲望を成就させた彼女のあのようすは、命がつきたそれのように思える。しかし次の場面では、状態はどうであれ、彼女は生きていた。であれば、絶命前に家族、もしくは屋内にいておかしくはない親しい者の誰かに発見された、ということになるのではないか。彼女は実家暮らしなのだ。  しかしだ、死ぬつもりはなくとも首吊りなどという常軌を逸した行為に、それらの者がいるときに臨もうとするだろうか? そのときの精神状態で、ないとはいいきれないが……。  しかも行為中、大きな叫びや、盛大な物音を彼女は立てている。それを同じ屋根の下にいる者たちは気づかないだろうか? 気づいてすぐ飛び込んでくるのが普通ではないか? 彼女の家は広大な建坪を誇る大豪邸ではないのだ。  ……他人がいたとはやはり考えづらい。  ではどうして、彼女は助かったのか―――。  視線をPCに戻した私は、非論理的な話に正当性を持たせようと頭を働かせにかかった。   が―――、  いや、そんなことは想像に任せればいい。  と、その思考はすぐに捨て去られた。  それは画面上部に表示されるこの文書のタイトル、『五月雨幻想』からの、 「そもそも幻想といったテーマで書いたもの。すべて読み手の想像力に一任すれば……」―――という囁きによってだった。  ただこの作品で自分が描きたかったのは、あのリアリティーさだけなのだ。だから意を決した―――。  ステンレスのポールからさがる目の前のロープは、わっか状になっていて―――。  その先に、自分を見つめる二つの目。  蛍光灯の明りが隅々まで広がる部屋の外は、はたして昼間なのか夜なのか……。  机の上の電源の入ったPCに視線を流し、そっと囁く。 「できる……。これから見ることが、できる……」  あのときの自分の実体験を、そのまま望の行動として描いた。
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