15人が本棚に入れています
本棚に追加
とはいえ、こんな筆力で、私の得た驚愕や苦痛が伝わるのだろうか? この内容、エンディング、歯牙にもかけられないのでは……。
私の現在の境遇は、とりも直さず、作中の彼女の境遇だった。
しかし、頭をもたげたいつもの弱気を、実際に頭をふって払う。
大丈夫、自身を持つべきだ。なにせ私は、本当に首を―――。
「お冷のおかわり、いかかですか?」
心中での励ましが、いつものウェイトレスの声でさえぎられた。
頷くと、「失礼します」彼女はテーブルのグラスを細い指で持った。
彼女も訝しく思っているだろう。今まで何度も訪れているのに、一切の会話を交わさず、注文もメニューを指差すだけのこんな客を。それでも怪訝な表情を微塵も見せないところに、好感を持っていた。だからこそ、雰囲気のよいこの店とともに、彼女をイメージしたウェイトレスを作品の導入部に登場させた。さすがに店名だけは変えたが、それが存在する白由が丘という街の名称、そしてその街並みは、問題ないであろうと、そのままにした。
「ごゆっくり」
と、背を向けた彼女に、
「ありがとう」
そっと送ってみたが、やはり出るのは空気だけだった。
つがれた冷水を流した喉は案の定―――、
“グフッ、グフッ……”
飲み込む際、必ずといっていいほどむせるのは、声帯麻痺によるもの。動かなくなった声帯のためにできた隙間から、気管へ食べ物や水が入り込みやすくなって―――。
またこれは、声帯を振動しにくくもさせ、息が洩れるような声にもする。
治る場合もあるらしいが、未だ快方の兆しすら感じないこの喉では……。
つと思い立ち、未だ残る傷跡を隠すためのスカーフを直した手は、バックをまさぐった。
ボールペンと一緒にとりだしたのは、返信期日の差し迫っている同窓会案内。
おそらく過去の友人たちは、こんな姿になった私に驚き、根掘り葉掘りわけを訊いてきたあとは、その顔に憐れみを隠さないだろう。
往復葉書の“桝井幸世様”と宛名が印刷された隣面には、“出席”“欠席”の横書きが縦に並ぶ。
懐かしさがないことはないが……。
その下段の二文字を囲ませた筆遣いに、ためらいはなかった。
最初のコメントを投稿しよう!