(一)

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(一)

     (一)  オーディオから薄く流れる《星影のステラ》―――彼女のお気に入りのそのジャズスタンダードに、ノックの音が割って入った。 「あ、ちょっと待って」  早口で携帯にいった彼女はそれを胸にあて、 「はい」  ドアに顔を向けた。 「もうすぐお食事の用意が整いますので」  開いたらしいドアからの久江(ひさえ)さんの声は、いつもと変わらず無感情。そして、一分の狂いもなくやってくるのも、毎夕変わらない。  であれば、もうじき……。 「はーい」  家政婦とは対照的な明るい声が返ると、ドアの閉められる音。  とともに、彼女は携帯を耳に戻した。  ライティングデスクにつく彼女越しに見える出窓―――それに意識を移す。  今は室内を映すそれ。だが、その向こうには無数の星々が、なににさえぎられることもなく輝いているのは知っている。  この家にもらわれてきてから、願掛けをした流れ星は数限りない。  しかし……。  だが今夜は違う。―――その確信がワタシにはある。  と、間もなくして、電話を終えた彼女に抱きかかえられた。 「オリーブ~」  柔らかな肌で頬ずりされると、コンディショナーのいい香りが鼻孔をつく―――ような気がする。  視覚、聴覚だけは存在するのに、それ以外の感覚が一切ないというのはなぜなのか―――。今もってわからない。 「ユッコ、ふられたんだって」  離した顔の眉間には、薄らしわが浮いていた。 『オリーブ』―――この名前は彼女がつけた。ワタシの暗緑色の瞳の色から。    彼女はワタシが座っていたソファーにかけた。  その拍子に目に入る―――。  ダブルベッドに大型テレビ、天井からさがる小ぶりのシャンデリアとウォークインクローゼット。そして、ひとり部屋としては充分すぎる広さを誇る空間が、この家の裕福さを如実にしている。加えて家政婦の常駐が、並ではないその富を表してもいた。  だからワタシに着せられている服も、非常に高価なものだ。  前にいた家―――ワタシの生家だが、そこもこの家ほどではないが、そこそこの富裕を誇っていた。  父母、兄妹はどうしているか……。  考えるとせつなくなってくる。―――が、もう仕方のないこと。  であれば前向きに……。  そう諭し、納得させるための時間は、ワタシにはあり余るほどあった。 「今日やっと告白したんだって」
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