(二)

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 ―――そんな、ジレンマに陥っておられる色が、ことごとく見てとれ、気の毒さを覚えた。  しかし、結果はやはり、ご夫妻の杞憂だった。  おふたりの不在時、折を見計らってなにげなく尋ねた私に、お嬢さまは同じお答えを返された。両親から訊いてくれと頼まれたんでしょ? という無垢な笑みも添えて。  無論、生真面目なお嬢さまの性格を知る私は、端から彼女の言葉を信じているつもりだったが、その表情でほっと安堵を覚えたところを見ると、やはりどこかでご主人さまたち同様、気がかりはあったのだろう。  だがそれでも、「どんなところで?」という、この話をお聞きしてからの微々たる不安は、完全には頭を引き込めてはいなかった。  喫茶店とお聞きしていたアルバイト先は、白由が丘駅から歩いて一〇分ほどのところにあるらしかった。場所柄、そういかがわしい店であろうとは思えず、またお嬢さまのこと、そんな妙な店に決めるとも考えられなかった。が、「念のため」の想いが、お嬢さまの登校中、勝手に足を運ばせた。  外壁のほぼを赤レンガで彩ったその店の、カジュアルかつ洒落た感じは、人目につきにくい路地の奥にあるのをもったいなく思わせた。そして、出窓に置かれた「全席禁煙」のプレートがさらに、私の気がかりを霧消させる役割を果たしていた。  ―――ここであれば。  訪れた安心が、丸太を組んだデザインのドアを押した。  清潔感に満ちた明るい店内と、すぐに応対に出た年若い女性のにこやかな表情が、外観から得た良好なイメージを裏切らなかった。  またきたい。―――そんな想いを持ちながら、結局、買い物帰りのひとときを、二階フロア―の窓に映る緑を眺め、私はすごした。  そして、はじめての給与―――。  言葉通り、お嬢さまは貯金にまわしたとおっしゃった。ただ一点の買い物を除いて。  それは服だった。といっても、彼女のものではなく―――あの人形の。  あれは幼き日のお嬢さまへの、旦那さまからの誕生日プレゼント。―――ずいぶんと値が張ったと、嬉しそうな苦笑を見せた旦那さまの顔を今でも覚えている。  最近、娘は妹がほしいという。しかし、お互いの仕事の忙しさを考えると、つくれそうもない。だから。―――そうも同じ表情で、彼は継いだ。  その妹を、お嬢さまは今でも大変可愛がってらっしゃる。だからこその、記念すべき初給与の使い道だったのだろう。
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