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“彼女に、どうか彼女になれますように”と。
閉じない瞼の下から見た、まばゆいほどの光彩を引いて流れた星は、ほどなくして結果を出した。
「やっぱり、偶然ではなかったわね」
ガラスに映った彼女の―――ワタシの新たな顔が囁きかけた。
「どこからどう見ても、あなたはもう人間。だからこれからは、なにもかも自由にできる」
キッチンの出窓に貼りついた、目尻のしわを隠せないでいるそれは、そうも添えた。
ワタシもこのような家庭で生活し、彼女のような美貌を持てれば、素晴らしく希望に満ちた人生を送れることだろう。が、そんな想いは、その彼女に対する憧憬がやすやすと脇へ寄せていた。
それよりも―――、
すぐそばにいて、寄り添い、語り合える、そんな位置にいたかった。彼女の髪のいい香り、甘い吐息を開いた鼻孔で感じ、柔らかな肌の感触を、磁器ではない同じ柔らかさの肌で感じたかった。
その願望の叶えられる躰を、今確実にワタシは得た。
指は静かに、ブラウス上部のボタンを外していた。そしてそこからすべり込ませた手は、下着をもぐりこみ、突起を探しあてた。
と、
“ビクンッ”
躰を揺らした刺激は、まさに生きた人間の、そして三〇数年ぶりに味わう快さだった。
瞬く間に硬直を見せた先端も、それに指先を押しあてつつ張りの失せた丘をこねまわすように動かす掌も、数分前まで他人のものであったのが嘘であるかのように、今のワタシに従順だった。
ほんの少し感触をたしかめるだけ……。と思って送りだした五指は、しかし、ボタンに戻せとの脳の命令を無視し、夢中となっていた。それどころかこともあろうに、もう一方のそれも、フレアーのスカートを、エプロンもろともたくしあげていて―――。
意に背いたその行為は、三〇年以上溜め込んだ欲求のせいだったのか……。戻れた“人間”を、さっそく謳歌するためだったのか……。
たちまち捕捉された茂りの奥の芯は、上部の快感を凌駕する衝撃を得、驚きを並走させた悦楽の声を引きだし、そして継続させた。
その、女にしては思いがけず低く連ねた音と、ガラスに映る、歪ませた中年に手の届く顔が、
そうか!
突如としてあの長年の自問を解かせ、指の動きをとめた。
なぜ視覚、聴覚だけが残っていたのか―――。
それは、新たな彗星の情報を得るため、そしてそれが流れるのを確認し、祈るため……。
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