(六)

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(六)

     (六)  久江の不可解な行動のわけを探りながらの頭で、 「じゃあ、いってくるね」  人形に声をかけた彼女は、ドアに向かわせたその足をつととめた。そして、シャンデリアの明りを戻し、ソファーの正面にまわり込むと、それを抱きあげ―――。 「あら……」  ガラスの瞳を覗き込み、洩らした。  どうして……。  薄闇の中、しかも、瞬時視線を投げただけで感じ得た違和感は、ひとえにつき合いの深さがなした業だろう。  オリーブ色が漆黒に……。  黒が薄れていくのであれば、経年劣化等でありうるのかもしれないが……。しかしグラスアイに、劣化はほぼないと聞いたことがある……。  いやそれよりも、さっきまではたしかにいつものオリーブ色だった。そんなすぐの変化などがあるとは思えない。  だったらなぜ……。  しばし首をひねっていた彼女だったが、漆黒の瞳を持っていた久江の叫びは、聞こえない。それは、ジャズの流れがやんでいても。 「ま、いっか」  空腹が思考をしのいだ彼女は、元通り人形を座らせると、照明を落とし階下へと向かった。  再び窓外に浮かびあがった星々にでも届きそうな絶叫はしかし、四〇年後―――二〇六一年にならなければ、誰の耳にも入ることはない。   ただそれも、“星は願いを叶える”ということを、久江が信じていればの話だが。
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