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『ねぇ、覚えてる?』
ふり返った俺に投げられた切れ長の目が、そう囁いていた。
彼女になにをしたのか……。
どこから連れてきたのか……。
問いの意には、その二つが含み持たれているように思えて―――。
まただ……。
揺れる脳内で無意識のつぶやきが洩れた。
ベッドに横たわる裸体―――。
腹の部分だけがタオルケットで隠されたそれは、完璧といっていい均整を誇示し、レースのカーテン越しから射し込む土曜日の陽射しを受け、艶やかな輝きを放っている。また、つんとすましているようにも見えながら、未だ誘っている……とも思える小顔も、日本人離れしたセクシーさに満ちていて―――。
好みの女に間違いはない。
……だからといって―――。
引かれた艶やかなルージュの赤から視線を引き剥がすと、俺の両手は自然と二日酔い真っただ中の頭を抱えた。
カーペットに転がる口紅を、落ちた視線が拾う。
先日の勝代との喧嘩が、また、この病気を生んだ……か。
ただ喧嘩といっても、こちらは一方的にまくしたてられる罵詈雑言をひたすら受けるだけ。いつもそう。そして、毎度、原因は彼女の身勝手な理由から。
積み重なるこんな理不尽な仕打ちに耐えてきたのも―――。
出逢いは会社の創立記念パーティー。
まだ決まった人がいないという旨を、そこかしこの人だまりであえてはばかろうともせず披露していた彼女が、中の下のルックスにもかかわらず、少なくはない男たちを吸い寄せたのは、ひとえに―――人事権を司る重役の娘だったから。
集った男たちの魂胆は、むろん、彼女を使って安定の未来を勝ち取ろうというもの。それゆえ、彼らの顔触れは、自力では厳しい社内競争を勝ち残れそうもない者たちばかりで、その中に俺も洩れていなかった。
勝代はそんな言い寄った男たちを恋人候補として片っ端から試し、すべてアウトにした。―――と、これはのちに、とうの本人から聞いた。
能力的には自分とはドングリの背競べの男たち。そんな彼らを弾き、なぜ、ラストバッターに残されていた自分を選んだのか……。
この謎は、つき合い始めてすぐ解明された。
アウトにしたんじゃない。彼らのほうから去っていったのだ。この傲慢我儘娘とでは到底身が持たないと踏んで。会社内の出世よりも、プライドを優先したのだ。それが普通の男。
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