【音のない囁き……あまく】

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 昨日―――。  いつもと同じように同期の(えい)と一緒に退社。  勝代への愚痴をこぼしたいがため、ゆきつけの焼鳥屋へ誘った。  喧騒と煙で充満するその店に、彼女のような若い美女がいるわけはなく、当然今まで一度も見かけたことはない。  いつもであれば中ジョッキ二杯ほどで満足なのだが、憤りが、そのあと酎ハイに手を伸ばさせた。酒が強いとはいいきれない俺は、それを何杯あおったか……。が、そのあとキャバクラに梯子したことは覚えている。  まだ愚痴足りないし明日は休みだ―――。おそらくそんなようなことをいったであろう俺に、 「だったら、以前何度か接待で使ったとこにするか。可愛い子が揃う、感じのいい店だから」  そう永が……そう、あいつが提案したんだ。  たしかに美人揃いだったような……いや、そうだった。  あの子はなんという名前だったか……。マリ……マリ……湖に関係があるような……あ、そう、マリモ、真利萌(まりも)だ。中でも一番好みだった子だ。たしか北海道出身だといっていたか……。  こんな子がいる店なら、もっと早く誘っておけよ……そう思ったんだ。  横に座った彼女を俺は必死になって口説いた……ような……。  そのころにはキャバクラ内でもずいぶんアルコールを仕入れ、もう自分の許容量は一杯になっていたはず。だからここらへんからだ、記憶が至極あいまいになってきているのは。ただ、勝代のことなどもうすっかり頭になかったということは、はっきりいえる。  しかし、ベッドに横たわる彼女は確実に真利萌ではない。  脳がうずき、思わずこめかみを押さえる。  ふと、真利萌の困ったような笑い顔が浮かんできた。それは……そうだ、懸命になって話す俺の口は、アルコールのせいでうまく動いていなかったから。ただ声のボリュームだけが大きくなって……。  いつしか彼女のぬくもりは、横になくなっていて……。  口説きは失敗したんだ……。  だったらほかにということで、俺の病気が出て……。  じゃあ、この女はあの店にいた子なのだろうか……。  痛むままの頭を背後に向けた。艶かしい姿態は依然硬直を続けている。  いや、そんなはずはない。  一緒にいる間に俺の病気が出れば、永は必ずとめに入ったはずだ。
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