(二)

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     (二)  またいらしてください。と、ウェイトレスに笑顔で送りだされた表は、すっかり粒を大きくした雨で煙っており―――。  一〇〇%の晴れ予報はどこにいったのよ!  口中で悪態をつきながら、とりだしていた折り畳みを開いた。  万が一と思ってバックに忍ばせていたのは正解。と思ったそのとき、 “ドーンッ!”  薄墨色の怒鳴り声は、そう遠くではなく―――。  途端、全身が固まったのは、極度の雷嫌いだから。  そのままの姿勢で、瞬時に脳をフル回転させる。  駅まで一〇分弱。その間をはたして耐えられるか!?  走ればどれぐらいか!?   しかし傘を差しながらで、どれほど時間短縮できる!?   しかもそんな状態での濡れた路面は、運動神経、反射神経がお世辞にもいいとはいえないわたしにとって、転倒の危険を限りなく大きくするのでは!?  轟いた二発目が、空気とともに心臓を震わせた。  こんなところで悩んでいる場合じゃない! けど、かといって―――。  もう一度お店に戻る!?  彼女は「またいらしてください」といった。でも、こうも早くくるのは笑えない。それに、雷が怖かったから、というのも、この歳ではさすがに恥ずかしい。  仮にそう吐露すれば、彼女らは気の毒がり、快く迎えてくれるだろう。が、雷がすぎるまでそのままいるというわけにもいかない。やはり注文しなくてはならないだろう。だが、もう水分を補給したい喉でもないし、安いメニューでもなかった。  そんな仮想をめぐらしているところに、一段と盛大な第三波。 「ウヒャ~ッ!」  との叫びをすんでのところでこらえ、仕方なく駅に向かうことに意を決した。だいたいいつまでも店の前に突っ立っているのは不審だ。彼女らから声をかけてくるかもしれない。      (……ノゾミ……)  しかし、「早足で、だけど最大限注意深く」と、自身を戒めくりだした足が数歩先でとまったのは、 《雨野花奈(あめのはな)・写真展。  「草花の夢」  六月○日~△△日。  入場無料。お気軽にお入りください》   と、蛍光ペンで手書きされたブラックボードの置き看板が、目に飛び込んできたからで―――。  隣店舗との間の道に立てられたそのメッセージの下部には、 [『ギャラリー・五月雨』 この奥の階段、下ル]  の文字も併せ持っていた。
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