63 焦り…

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63 焦り…

sideシャルルダルク 俺は焦っていた。 マリーナは薬師としての腕を認められ、そして、以前にも増して美しくなった。 いや、以前からの美しさに皆が気づき始めたのだ。 紫陽花の側にそっと佇む、儚げで危うい少女の面影は無くなっているようであった。 俺が… 俺だけが気づいておったのに… 気がつけば、レガットやガーイルがマリーナを熱く見つめていた。 あの時、マリーナが夢の中で囁いた、"好き"という言葉は幻だったのだろうか? 今、俺のことが好きか?と聞いて、マリーナが"はい"と言うか?と問われれば、答えはノーだった。 国薬師などには、絶対にしてやらぬ! 薬部屋でヨレヨレの服を着て調合しているマリーナを知るのは俺だけで良い。 そう心に決めた。 ラヒト兄上の結婚パーティーで、俺はマリーナに謝り、なんとか許してもらえた。 謝るなど、王子たる俺には関係の無い話だ。 そう思っていたのに、気づけば頭を下げていた。 マリーナの信頼を裏切りたくは無かった。 けれど、抱いてしまいたかった。 そんな事に思いを巡らせていると、レガットが俺に声をかけた。 「兄上、マリーナと何かあったのですか?」 「何も。 なぜだ?」 「マリーナに頭を下げていたではありませんか。」 「手が当たったから謝っただけだ。」 「へぇ? サリーの話によると、マリーナは兄上の部屋から朝帰りしたそうですね。 ……それと、兄上が頭を下げたのを考慮すると…… 大体察しがつきました。笑」 「マリーナは俺のことが好きなのだ。」 「襲って、失敗して、謝ったんでしょう。 なぜそこで、兄上を好きだ、となるのです?」 「えぇい、うるさいわ! 弟のくせに!」 「オレより一年早く生まれただけでしょう。 何がそんなにえらいのですか? オレはマリーナを諦めませんよ。」  レガットは真っ直ぐな瞳でそう言う。 本当に邪魔な奴だ… 「俺もマリーナは渡さぬ。」 俺とレガットはバチバチと睨み合い、別れた。 はぁ、とんだ初恋だ… 自分自身を見失い、頭まで下げて、ムキになる… これが、恋は盲目というものなのだろうか? いや、きっとそうだ。 こんな事なら、もっと真面目に恋愛すべきだった。 「シャルル。」 振り向くとそこにはラヒト兄上がいた。 「おぉ、ラヒト兄上。 おめでとうございます。」 「そなたもそろそろ身を固めた方が良いぞ。 レガットにも言える事だが…」 ラヒト兄上は言う。 「俺にはまだ早いかと。」 「25で早くは無かろう。 外交と財務を司るお前に世継ぎがおらぬのは、国の不安材料だ。 結婚も仕事のうちということを忘れるなよ。」 ラヒト兄上はそう言って去って行った。 結婚…か… もちろん、俺の頭には彼女の顔が浮かんだ…
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