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――俺は小さい時からずっと、死にたいと思っていた。
小学校に上がる頃、埼玉の都市部から一家でここに来た。親はふたりとも、務めていた東京の会社を辞めてから越した。
よくあるやつだ。都市の暮らしに飽き飽きして、山に原始的な暮らしを求めやってくる。俺の親もそんな感じだったと思う。
ここのみんなは表向きは歓迎してくれていたが、実のところ浮いた存在だった。なんとなくわかる。田舎暮らしに憧れる、なんて、住む人間からしたら、少しバカにされてるように感じるから。
学校や近所の子供の間で、俺はいつでもよそ者扱いだった。元々こんな性格で、人付き合いもうまくない。気づくとすっかり孤立していた。
そのうち親が死んだ。
親戚には込み入った事情があるらしく、誰も俺を引き取ろうとしなかった。見かねたコウちゃんが、俺を一緒の家に住まわせてくれた。
コウちゃんも、奥さんのマキちゃんも、俺のことは家族同然に扱ってくれた。
俺は恩に報いたいと思う一方で、コウちゃんたちが自分のことを重荷に思っていないか、常に不安だった。
生きていても、迷惑を掛けるだけの存在なのかもしれない。子供心にそう思いはじめていた。
11か、12の頃だったと思う。
放課後、いつもみたいに夕暮れの山道をひとりで散策していた。俺は人の声のしないその場所が好きだった。あてもなくブラブラしていると、ふと木の根のあたりで動くものを見つけた。キノコと枯れ葉の折り重なった場所で丸くなる、肌色の生き物。
メジロの雛だった。
上を向いたら巣があったから、多分落ちてきたんだろう。雛は羽毛がまだ生え揃わないほど幼く、もうほとんど力が残ってないように見えた。
その時、思いだした。
山で鳥を殺したら、神様に呪われる。
誰に聞いたのか定かではないが、山の神様の話は、この山の子供なら誰でも知っている。だが俺は生まれが他所だったので、その話の詳細は知らなかった。俺はおぼろげに、呪いとは神様に殺されることだと思っていた。
しばらく考えたあと、俺はその雛を両手ですくい上げ、学校の裏に駆けて行った。その先には、やがて橋の方へと合流する、緩やかな流れの川があった。
川岸の岩によじ登って、まだ温かい雛を乗せた腕を伸ばす。それから、手を離した。
雛は、白い川の流れの中に、吸い込まれていった。
今でも覚えてる。
夕暮れの光の色。川のせせらぎ。手のひらの上のぬくもり。死んだように閉じた雛の目。
――これで神様が自分を殺してくれる。
俺はその日を待っていた。
けれど、その後幾晩数えても、俺は死ななかった。
俺は数日経ってから、コウちゃんに相談した。
彼は見たこともない恐ろしい剣幕で、ワナワナと怒りに震えた。――お前は大変なことをした。山が怒っている。今すぐ謝りにいけ。
それから山の奥にある大きな祠で、コウちゃんと二人で神様にたくさんのお供えをして、もうしませんと約束した。
祈りが住むと、コウちゃんは俺に、お前はもう山から出られない、と言った。昔からこの山に伝わる、神様の呪いだ、お前が殺した鳥の代わりに、お前が神様のしもべになるのだと。それは死ぬまで続く。自死は許されない。この山に住むすべての人が知る呪いだった。
俺は呪いの実態に絶望した。神様が殺してくれるのではない。神の僕として、呪われながら生き続けねばならなかった。
俺が呪われたことはあっという間に山中に知れ渡った。
俺は山から一歩も出られなくなった。
みんな、呪いがかかって可哀想だと言って優しくしてくれた。でも、呪いを受けるだけのことをしたのだからしょうがない、というのが、この山の共通認識だった。
俺は表向きには優しい人たちが、裏でヒソヒソと俺のことを話しているのを何回も聞いた。
『呪われても家族だ。』
コウちゃんがそう言ってくれなければ、俺は本当にこの山で一人だった。
小学校も中学校も、俺だけは修学旅行に行けなかった。親の遺産も大してあるわけでもなく、コウちゃんたちの反対を押し切って、中卒で今の会社にお世話になった。
孤独だった。
ただ一人、違う世界で生きているようだった。
今までずっと。
そこまで語り終えると、鷹之は皮肉っぽく笑った。
「……面白いだろ」
俺はなんだか急に、鷹之が透明になって消えてしまうような心地がした。まわした腕に力を込め、胸の中に彼をつなぎとめる。
「呪いなんてあるわけがない、」
彼は俺に身を預けながら、それでも、
「あるよ。確かに、あるんだ」
そう言って、俺の手を、きゅ、と握った。
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