4.変化

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――俺は小さい時からずっと、死にたいと思っていた。  小学校に上がる頃、埼玉の都市部から一家でここに来た。親はふたりとも、務めていた東京の会社を辞めてから越した。  よくあるやつだ。都市の暮らしに飽き飽きして、山に原始的な暮らしを求めやってくる。俺の親もそんな感じだったと思う。  ここのみんなは表向きは歓迎してくれていたが、実のところ浮いた存在だった。なんとなくわかる。田舎暮らしに憧れる、なんて、住む人間からしたら、少しバカにされてるように感じるから。  学校や近所の子供の間で、俺はいつでもよそ者扱いだった。元々こんな性格で、人付き合いもうまくない。気づくとすっかり孤立していた。  そのうち親が死んだ。  親戚には込み入った事情があるらしく、誰も俺を引き取ろうとしなかった。見かねたコウちゃんが、俺を一緒の家に住まわせてくれた。  コウちゃんも、奥さんのマキちゃんも、俺のことは家族同然に扱ってくれた。  俺は恩に報いたいと思う一方で、コウちゃんたちが自分のことを重荷に思っていないか、常に不安だった。  生きていても、迷惑を掛けるだけの存在なのかもしれない。子供心にそう思いはじめていた。  11か、12の頃だったと思う。  放課後、いつもみたいに夕暮れの山道をひとりで散策していた。俺は人の声のしないその場所が好きだった。あてもなくブラブラしていると、ふと木の根のあたりで動くものを見つけた。キノコと枯れ葉の折り重なった場所で丸くなる、肌色の生き物。  メジロの雛だった。  上を向いたら巣があったから、多分落ちてきたんだろう。雛は羽毛がまだ生え揃わないほど幼く、もうほとんど力が残ってないように見えた。  その時、思いだした。  山で鳥を殺したら、神様に呪われる。  誰に聞いたのか定かではないが、山の神様の話は、この山の子供なら誰でも知っている。だが俺は生まれが他所だったので、その話の詳細は知らなかった。俺はおぼろげに、呪いとは神様に殺されることだと思っていた。  しばらく考えたあと、俺はその雛を両手ですくい上げ、学校の裏に駆けて行った。その先には、やがて橋の方へと合流する、緩やかな流れの川があった。  川岸の岩によじ登って、まだ温かい雛を乗せた腕を伸ばす。それから、手を離した。  雛は、白い川の流れの中に、吸い込まれていった。  今でも覚えてる。  夕暮れの光の色。川のせせらぎ。手のひらの上のぬくもり。死んだように閉じた雛の目。 ――これで神様が自分を殺してくれる。  俺はその日を待っていた。  けれど、その後幾晩数えても、俺は死ななかった。  俺は数日経ってから、コウちゃんに相談した。  彼は見たこともない恐ろしい剣幕で、ワナワナと怒りに震えた。――お前は大変なことをした。山が怒っている。今すぐ謝りにいけ。  それから山の奥にある大きな祠で、コウちゃんと二人で神様にたくさんのお供えをして、もうしませんと約束した。  祈りが住むと、コウちゃんは俺に、お前はもう山から出られない、と言った。昔からこの山に伝わる、神様の呪いだ、お前が殺した鳥の代わりに、お前が神様のしもべになるのだと。それは死ぬまで続く。自死は許されない。この山に住むすべての人が知る呪いだった。  俺は呪いの実態に絶望した。神様が殺してくれるのではない。神の僕として、呪われながら生き続けねばならなかった。  俺が呪われたことはあっという間に山中に知れ渡った。  俺は山から一歩も出られなくなった。  みんな、呪いがかかって可哀想だと言って優しくしてくれた。でも、呪いを受けるだけのことをしたのだからしょうがない、というのが、この山の共通認識だった。  俺は表向きには優しい人たちが、裏でヒソヒソと俺のことを話しているのを何回も聞いた。 『呪われても家族だ。』  コウちゃんがそう言ってくれなければ、俺は本当にこの山で一人だった。  小学校も中学校も、俺だけは修学旅行に行けなかった。親の遺産も大してあるわけでもなく、コウちゃんたちの反対を押し切って、中卒で今の会社にお世話になった。  孤独だった。  ただ一人、違う世界で生きているようだった。  今までずっと。  そこまで語り終えると、鷹之は皮肉っぽく笑った。 「……面白いだろ」  俺はなんだか急に、鷹之が透明になって消えてしまうような心地がした。まわした腕に力を込め、胸の中に彼をつなぎとめる。 「呪いなんてあるわけがない、」  彼は俺に身を預けながら、それでも、 「あるよ。確かに、あるんだ」  そう言って、俺の手を、きゅ、と握った。
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