4.変化

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 このあたりでは、新年の祝いは元日ではなく大晦日にするらしい。大晦日の昼前、鷹之の家につくと、彼は小幡さんの家で親戚総出の宴会に行くと言って準備をしているところだった。  来るか、と誘われたものの、流石に迷った。どう考えても場違いだろう。だが一人で鷹之の家にいても、仕事のことを考える他にすることはなかった。  悩みに悩んで、結局顔だけ出すことにした。  小幡さんたちはとても喜んでくれた。息子が増えたようだとまで言ってくれた。先日の明さん一家の他に、長男と長女がそれぞれ家族を連れてきていて、小幡家は一面人で溢れかえっていた。鷹之はその場にすぐ馴染んで、案の定俺は居場所がなかった。 「礼司くんは、実家には帰らんのかい?」  そう小幡さんに問われたが、実家で過ごすということは選択肢にすらなかった。ここ数年、家族というものは俺にとって在るというだけでその他のどんな意味も持たなかった。 「まあ色々あって」  曖昧な返事をしながら鷹之を見た。普段と変わらず無口ではあったが、その表情も態度も、こわばったところが一つもなかった。奥さんが鷹之に伊達巻をとってやっている。ついでに田作りをつけようとして断られたようだ。  鷹之の家に戻ったあと、俺が持ってきた『ちょっといい』ホットチョコレートを淹れて、二人で飲んだ。飲みながら、彼が小幡さんと同じことを聞いてきた。 「礼司、実家はいいのか」 「別に……なんていうか、帰りにくいんだよねぇ。探るみたいな雰囲気があって。言いたいことあるんなら言えばいいのに」  例えば、あなた男が好きなの、とか。言われたところで返答に困るが。 「お前は言ったのか、言いたいことあるなら言えよって。」 「え、」 「言ってないならお前も同じだぞ」  言っていなかった。ド正論にぐうの音も出ない。まさか彼に諭されるとは思ってもみなかった。俺は結局、その場で数年ぶりに母親に電話することにした。 『もしもし……?』  しばらく話が噛み合わなかった。どうやら母は詐欺電話だと思っていたらしい。そうではないと分かってもらうまでにやや時間を要したが、身元がわかると母は突然きゃあ、と叫んだ。『ほんとのほんとに礼司ね!』 「その……一日早いけど、あけましておめでとう」 『やだ、そんなフライング聞いたことないわ』  母は実家にいた頃と同じ甲高い声で爆笑した。後ろにいた鷹之まで笑いをこらえている。つんざくような母の声がおかしいのか、俺のフライング賀正がおかしいのか。 『……はぁ、おかしかった。ねえ礼司、今はどうしてるの?』 「えっと……、友達んちにいる」 『彼氏?』  母が初めて率直に切り込んできた。彼女の中でもなにか変化があったようだった。  実際鷹之と付き合っているかどうかは置いておいて、俺は母親の気持ちを汲むことにした。 「……まぁ……そんなとこ」 『え〜どんな子なの〜?』  こういう話が始まると長い。俺は適当にあしらって電話を切った。通話記録はたった5分だった。一時間話したような疲れがどっと押し寄せたが、気分は案外晴れやかだ。 「おかわり」  横で鷹之が空になったマグカップを差し出した。  翌朝、俺はお年賀兼遅いクリスマスプレゼントと称して、レザーのキーケースを鷹之に贈った。彼は「何も用意してない」と慌てふためいていたのだが、松の内が開けた頃に再び訪れると、少し歪な形をした指輪をくれた。リョウくんの知人が銀細工の工房を開いたらしく、そこに半ば強引に連れ込まれ、アートクレイシルバー体験をさせられたらしい。 「俺と行けばよかったじゃん」  と言ったものの、あからさますぎるという彼の文句はもっともだった。指輪は小指にぴったりだった。  その指輪を見ながらしばらく考えた。 「……なんか恋人みたいだな〜、」  小さく呟く。それは一世一代の鎌かけだった。  あれからことあるたびに鷹之と寝てはいたものの、互いの気持ちをはっきりさせたことはなかった。  最中に何度か「好き」という単語が交わされたことはある。だがそれはあくまで最中の話で、互いに正気でないぶん信頼できない。俺はセックス中の「好き」はノーカン派だった。  恐る恐る鷹之の反応を見る。彼は傷ついたような顔をして、 「違うのか」  と言った。その姿があまりにもいじらしかったので、 「いや、違わないか。俺たち、恋人だね、こりゃ」  少しおどけてそう言った。精一杯の照れ隠しだった。 「そうだろう、」  鷹之が自信満々だったのが、少し可笑しかった。
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