1.内津山

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 清洲の紹介してくれた小幡さんは、快活な人柄の猟師だった。電話をするとすぐ、いい話だから役場で詳しく聞かせてくれ、と持ちかけてきた。彼と、この山の産業に知見があるという役場職員の山田さんが、ジビエの提供に関する相談を受けてくれるという。  翌週、俺はその山――内津山(うつつやま)に赴いた。  町役場の「観光商業農林課」窓口が待ち合わせ場所だった。観光と商業と農林が一緒の課ということに違和感はあるが、話の内容としてはこの課で間違いなさそうだ。  窓口に赴くと、すでに二人がその前に立って談笑していた。彼らはすぐに俺に気づいて手を振った。おそらく初老の男性が小幡さん、メガネの女性が山田さんだろう。 「兄ちゃんが連絡くれた礼司くん?東京で料理人やってるっていう、」  小幡さんが手を差し出したので、軽く握手をする。年の割に力のある手だ。 「はい、大森礼司です」 「おう!俺ぁ小幡だ。こっちは山田さん。よろしくなぁ」  笑った口から金の差し歯がみえた。  二人は挨拶と同時に俺を見上げた。  俺は普段どおり長めの金髪を一つにくくっていただけなのだが、それが気になるようだった。  山田さんは俺の顔を見つつ、 「……まぁ〜こんなにお若い方だとは!」  と言って濁した。 「東京にお店を持ってるんでしょう?立派だわぁ。おいくつなの?」 「今年で31っすね」 「あらぁ、31って、タカちゃんと同じくらいかしら」  親戚の話だろうか。 「タカよりもうちょい上だね、アレぁ29だ」 「まぁ、そうなのね。さ、立ち話もあれですから。お部屋へどうぞ」  廊下を先導して歩いていく山田さんのあとを、俺と小幡さんが追った。タカちゃんとやらが誰なのか、結局わからないままだった。 「遠いところからよく来てくれたなぁ。」  横を歩く小幡さんの声は、しわがれてはいるが覇気があった。彼の着ている藍色の作業着には、腕の部分にオレンジの糸で「㈲小幡組」と刺繍されている。山田さんいわく、彼はこのあたりにある猟友会の中心メンバーだそうだ。 「東京からじゃ、大変だったろ!」  実際、その通りだった。  11月の晴れた寒空の下、東京からバイクで3時間。高速で近づけたのは最初の1時間半で、あとは下道だった。  走れば走るほど険しくなる山に、暗いトンネルの数々。気を抜くと方向を見失ってしまいそうな道のりを、ただこの町目指して走り抜ける。道中休憩できるような場所はほとんどなく、時折思い出したように現れるガソリンスタンドや道の駅で、自分が迷子と化していないことを確認していた。  永遠に続くようなトンネルを抜けると、突如開けた景色になり、黒くそびえる山と出会った。  ――内津山。  広い山の裾野に、人の住む集落が点在している。山の集落を総称して、「内津町(うつつまち)」と呼ぶらしかった。  山奥とはいえ、今いる役場周りは案外栄えていた。来る途中で温泉街のようなものを見たし、コンビニやショッピングモール、チェーンの飲食店もある。  何より印象的なのは、川だった。山の手前には大きな川が流れている。川は山と国道を分断していて、そこに架かる橋を渡るほかに内津山に続く道はない。まるで山の外から切り離されていて、ここだけ違う時間が流れているような、そんな心地がした。  俺と小幡さんは先に役場の応接室に入り、二人で向かい合って座った。部屋のあちこちに、イベントのポスターや野鳥の写真が貼ってある。  間もなく、熱い煎茶を持った山田さんが部屋に入ってくる。彼女が座るのを見て、小幡さんが話し始めた。 「――狩猟を産業にするっていうのをな、県内の色々なところで実験しとってなぁ。この町はどうなんだって、去年くらいから山田さんと話してたのよ、」 「ええ、見ての通り、自然以外何もないところでね。今どき温泉もスキーも流行らなくって。ジビエ?って、最近注目されてるんでしょう?」 「そうですね。ここで以前にもジビエの提供が?」 「いいえ、初めてですよ。でも、県内にはいくつか成功例とノウハウがありますから。そこに聞きながらやれば、供給に問題はないと思ってますよ」  お互いに良い話になるといいなぁ、そういう小幡さんの差し歯がまたキラリと光った。  俺はしばらく二人から、食肉提供の流れについての説明を聞いた。提供できるのは、シカ、イノシシ、たまにクマ。血抜きや解体のレベルが高いので、肉が美味いのだという。  鴨や雉はどうかと聞いたら、二人は顔を見合わせて、 「それはやっていない。」  と答えた。  俺は不思議に思った。こんなに豊かな山なら、いくらでも捕れるはずだ。清洲の言っていた鳥の話と関係があるのだろうか。 「鴨なら、川向こうの山に鴨狩りの名人がおるよ。そいつに話をつけておこう」  小幡さんはそう言って、話を続けた。  ひと通り聞き終えると、小幡さんは湯呑を茶托に戻して俺を見た。 「レージくん、時間があるなら、今からオレの狩猟仲間に会ってみないか?」  もともと明日、朝から狩りの見学をする手はずにはなっていたが、その他の予定はなかった。のんびり温泉にでもつかろうと思っていたところだったのだが。 「んで、そのあとオレんち来て、肉の味確かめてけ!」  俺が戸惑っていると、山田さんまで「あらいいじゃない」と言った。 「小幡さんとこには、大森さんくらいの歳の猟師がいるんですよ。このあたりは若い衆も少ないし、話し相手が来たら喜ぶんじゃないかしら」  俺は少し意外に思った。それが先程のタカちゃんとかいう彼だとしたら、その猟師は29歳である。俺の思う猟師像よりずっと若い。彼が一体どんな人物なのか、少し興味があった。
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