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ジャックくんはそれはそれは渋い顔をして言った。
「奥さんのキゲンがわりぃ」
と。
「え? ヤコちゃんが?」
ヤコちゃんがジャックくんに持たせてくれた手作りちらし寿司を夕飯にいただきながら首を傾げる。
彼女は喜怒哀楽を極端に表情へ出さない。なので何を考えているのか予想をするのは昔から困難だ。
そんなヤコちゃんが目に見えて不機嫌だなんて何があったのだろうか? いやまぁ何となくは分かる。多分、いや絶対に春日井先生関連だろう。
「センセーがさぁ~」
ほらみろ、当たりだ。
「今すごいネットでバズってんじゃん。"美しい"とか"麗しい"とかって。最初は奥さんも"日本中が、いいえ、世界中がときはるさんの美しさを讃えてくれている!"みたいな感じでよろこんでたのに、あまりにみんながさわぐから……」
「ま、まさか……」
「"ときはるさんはわたしのなのに……"ってスネてるみたいだ」
「かっっっっ!!!!」
「か?」
「かわいいっ!!!!」
どうしよう、顔のニヤニヤが止まらない。ヤバいヤバいヤバい!!
「"ヤコちゃんが、焼きもちをやいて、拗ねている"……すごい、なんてパワーワードなの?? かわいい、絶対にそれかわいい。流石は私の推し。かわいーよー!」
赤い顔でぷぅと片頬を膨らませ、プイッとそっぽを向くヤコちゃんを想像してテンションが上がりまくる!
「あ。"かわいい"って言ったらダメなんだぜ、ヒメコさん」
「むり、いう」
「センセーが"嫉妬している矢い子さんかわいい!"って言いながら奥さんのほっぺた指で連打したら、怒った奥さんに指をかじられたって言ってた」
「ジャックくん、それって我々の業界ではご褒美だからね」
「ごほ、うび……えー、マジかぁー」
ジャックくんはう~んと低く唸って何か考え込んでいる。一体何を?
「痛いのがご褒美なんて、やっぱヒメコさんってM? オレ、好きな女を痛めつける趣味はないんだけど、ソフトなやつベッドでためしてみる??」
「そうやって直ぐにエッチな事に繋げないで下さーい。そういう意味じゃないので」
「そーなの? わっかんねーなぁ」
ジャックくんは後ろ頭を掻いて眉を寄せていたが、やがてハッとして私にその顔を近づけてくる。
「つかつか、オレの方がヤキモチやいてスネたいキブンなんだけど? ヒメコさん、やっぱり奥さんのこと好きすぎじゃね??」
「いやいや、ジャックくんはジャックくん、推しは推しだから。比べたら駄目よ」
「えー、ヒメコさんにとって唯一無二のジャックくんがいいなぁ~」
おや、唯一無二だなんて難しい言葉をスラスラと。これは先生の所でバイトをしているおかげかな……なんて彼の成長をしみじみ喜んでいると、チュッと唇に軽いキスをされた。
「……何故このタイミングでキス??」
「ん~、推しとはチューやえっちはできないけど、オレとはできるんだよなぁって思ったらついしちまった」
「なるほど。というかね──」
直ぐにエッチな事に繋げたら駄目って言ったでしょう? という再三の注意はニッコリと笑う彼を前にすると引っ込んでしまった。
ほんと、私ってジャックくんに甘いチョロチョロ女だ。
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