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15話「晴々な日々」
9月初旬。
今日もとても暑かった。会社から帰宅して、はぁとため息をつきながらパンプスを脱いでいると、バタバタとこちらに近づいてくる足音が聞こえる。
ふと音の方を見ると、愛しい愛しい年下の彼が目をキラキラとさせて駆け寄ってきていた。……なんだかペットの犬みたい、というのは黙っておこう。
「ヒメコさんヒメコさんヒメコさん!」
クセのある声で私の名前を連呼するジャックくんは興奮気味だ。何かいい事があったのだろうか?
「ただいま。どうしたの?」
「あ、おかえり。そんで、これ!」
彼が"これ!"と言って元気に差し出してきたのは封筒なのだが……ま、まさかこれは?!
「も、もしかして試験の結果?! え? ど、どうだったの??」
丁度1ヶ月前位に行われた高卒認定試験、その結果が郵送されてきたんだ!
お願いだから合格していて! 祈る様にジャックくんを見つめると、彼はケロリとした顔で言う。
「まだ結果見てねーけど?」
「何で?!?!」
普通手に取ったら直ぐに封を開けて見るものじゃない?? あれ? 呆然としている私に、ジャックくんはニパニパと八重歯を見せて笑う。
「ヒメコさんと結果を見よーと思って待ってたんだー。ほら、一緒に勉強がんばってくれたしさ!」
くそっ、かわいいかよ! そんな事を言われてしまっては私は為す術がない!
「待っててくれたんだね、ありがとう。なら一緒に見ようか」
デレデレとした顔でお礼を言ってしまうのは、惚れた弱みというやつだ。
ジャックくんは座椅子に深く腰かけると肩幅に足を開く。そうして出来た空間へ座るようにと私を手招きする。
彼の足の間へソッと座ると、お腹の所へ後ろから彼の腕が回ってきた。
「そんじゃあけるな~」
ビリビリと雑に封を破いていく彼の右手には既に包帯はなく、骨折は完治している。ジャックくんの長くて節くれだった指はいつ見ても色っぽい。
それにしても、だ。
「待って、なんか緊張してきた。怖い怖い」
平然としているジャックくんとは対照的に、私の心臓はバクバクと派手に脈打っていて何だか気持ちが悪くなってきた。
「大丈夫だって、オレ合格してるから」
ケラケラと笑いながら封筒の中から紙を取り出す彼は、試験を受ける前から自信満々だったなぁ。
確かにジャックくんは試験勉強をまるでゲームの様に楽しくやっていて、特につまずいている様子もなかった。彼の事を信じていないワケではないが、どうしてもハラハラとして心配してしまう。
すると……。
「ははっ、オレのシンパイしてくれるヒメコさんかわいー」
そんな事を言われたかと思うと、チュッと頬にキスをされる。いつもなら直ぐに気持ちが緩んでしまうが、流石にこの状況では緊張の方が勝つ。
「もう、ジャックくん。今はそんな事言ってる場合じゃ──」
「あ、合格証明書ってのが入ってる」
「て、えぇえぇえ?!?!」
完全に不意をつかれてしまい、大きな声を出してしまう。お隣さん、ごめんなさい!
それにしても、合格……合格かぁ。なんか実感が湧かないなぁ。まぁ自分自身の事じゃないから仕方ないけど。
「ヒメコさん、ヒメコさん」
「ん? なに?」
「ほめて♡」
甘えた口調でかわいらしくスリスリと頬擦りしてくるジャックくんに、理性が吹き飛んだ。
「偉い偉い! スゴいよジャックくん! さすがだよジャックくん! おめでとうジャックくん! 最高だよジャックくん! やったぁ~!!」
わしゃわしゃと彼の頭を撫で回す。
あぁ、ヤコちゃんの事を溺愛する春日井先生の事を正直キモいなぁと思う時もあったが、今の私は先生と同類だ。だって私のジャックくんがこんなにも最高に最高なのだから仕方ないじゃん。
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