1話「失恋、雨時々晴れ?」

2/12
60人が本棚に入れています
本棚に追加
/181ページ
四葉(よつば)。お前、酷い顔してるぞ」  皆が気をつかって言えない事を、心底嫌そうな顔であえて言うのが同期の青女(せいじょ)という男だ。5cm以上背の低い彼を見下ろしながらポツリと呟いてやる。 「……ああ、いたの」 「はぁ?! いたわ! くそくそくそっ!」  お決まりの“くそっ”の連発が始まる。これは相当悔しがっている時の癖なので、ほんの少しだけ胸がすいた。  そういえばこの男の身長はだいたいヤコちゃんと同じ位だ。今こうして肩を並べてエレベーターに乗っているのがヤコちゃんならいいのに。そんな事を考えていると、今朝見た彼女からのメッセージを思い出し目が潤む。  本当なら今日はずっと布団の中で泣いて過ごしたかったが、生憎平日なので出社しなければならない。泣き腫らした目を氷水で冷やし、メイクで誤魔化したつもりだが道行く人は私の事をチラチラと見て渋い顔をしている。相当酷い顔をしているのだろう。実際、面と向かって指摘されてしまったし。 「……おれが言うのも何だが、しっかり寝ろ。夜は自宅の布団で寝るに限る、でないと疲れは取れんからな」  どうやら青女はこの目の腫れを睡眠不足からくるものだと思っているらしい。なんて好都合。  ……それにしても、この男の顔も相当酷い。つり目の三白眼の下に出来た濃い隈は寝不足を物語り、青白い肌は不健康そのものだ。成る程、他人(ひと)の心配をするだなんて珍しい事もあるのだなと思ったが、“しっかり寝ろ”はどうやら自分に言い聞かせている意味合いの方が強いらしい。 「ま、あんたも程々にね」  適当に返すと、青女はもう何も言ってはこなかった。そうしている間にエレベーターは3階へと止まり、扉が開くと彼は黙って去っていく。  我が涼風社(りょうふうしゃ)の3階は文芸雑談『月刊・舞ノ風』の編集部。私が憧れ、目指して、それでも配属される事がなかった部署。もうその事については吹っ切れていたはずなのに、何故だか今日は胸が苦しくなる。あぁ、これも失恋のせいか。全てが嫌で、悲しくて、堪らなくなる。 「……返事、どうしよう」  ヤコちゃんからのメッセージを既読スルーしている状況なのだが、何て返せばいいのか全く分からない。“おめでとう”とか“良かったね”とか、そんな事は嘘でも言えない。だからといって“嫌だ”とか“私も好きなのに”なんて事も絶対に言えやしない。……こんな事に頭を悩ませるだなんて、やりきれないなぁ。
/181ページ

最初のコメントを投稿しよう!