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No.8
「ありがとうございます。実はもっと良いお知らせ持って伺いました」
「いいですねー、何でしょうか?」
私は本部長室のドアを開け、小柄なスーツ姿の男性を招き入れる。男性はよく通る声で挨拶した。
「奥寺さん、お久しぶりです。笹川急便、社長の笹川です。今回は二度とないお申し出に笹川急便一同、感謝しております。これで我社の全国にある医薬品倉庫の管理状態が格段に向上します」
「?」
「本部長、山奥田物流倉庫の37名は、来月から山奥田 笹川急便物流倉庫で働くことになりました。
鈴鳴薬品で構築した、医薬品業界トップクラスの倉庫管理状態を継続できます。素晴らしいですね。
笹川社長はその管理方法を、全国の笹川急便の医薬品倉庫に展開するそうです。
鈴鳴薬品レベルの管理になれば、日本の医薬品の品質がグッグッと上がりますね! 正に国民の安全のために、英知を捧げた鈴鳴薬品ですね」
私は声高らかに言い切り拍手した。
「何!?」
本部長は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして声を荒げた。
私は笹川急便に、鈴鳴薬品 山奥田物流倉庫 37名の再就職を直談判した。笹川社長は大歓迎で全員を迎え入れてくれた。小さな可能性は実現した。
「山田ハル、勝手なことをしましたね。情報漏洩、社内規定違反です。解雇が嫌だったら、全てを取り消しなさい」
「しません! あの倉庫業務を解消することは医薬品業界のためにも、山奥田村にとっても良くありません」
スーツの内ポケットから退職届を取り出して、「懲罰委員会でも何でも受けて立ちます」と本部長の机に置いた。
「ヒーローにでもなったつもりですか?」
本部長はニヤリと意地の悪い笑いを投げかけた。
「いいえ、この鈴鳴薬品に入って『怪人』に変身させられた人間が、変身を解いただけです。私はただの人に戻りました」
「山田ハル、それは私達、鈴鳴薬品が人間以下だ、という意味ですか?」
怒りをこらえた顔だった。
「さぁ、どうでしょうね?」
ニコリとし、ポケットに入っていた倉庫員37名分の退職届も投げつけ、本部長室を後にした。
日本橋での最後の夜を満喫して、山奥田村の自宅に戻った。
鈴鳴薬品本社に向かう前日に、山奥田物流倉庫にある私物は処分した。
もう倉庫に出勤する気はない。
業務の引継ぎも笹川急便の次期センター長に済ませてある。
晴々しい気分で駅から歩いていると、自宅前にアツコ、ユリ、荒井が見えた。
「仕事は? どうしたの?」
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