No.9

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No.9

「しっ心配になって」 茶髪をぐしゃぐしゃにして、焦った顔の荒井が言う。 「荒井が心配だって言って出して。私達は付き添い」 アツコは笑った。 「大丈夫。皆は変わらず倉庫で働けるから」 ユリに手首を掴まれる。冷たい手だった。 「センター長も一緒ですよね?」 「会社員はもう懲り懲り。この辺の空き家を借りて古民家でカフェでもやろうかしら。長芋畑の手伝いも良いわね。山奥田村議会議員に立候補しようかしら?」 「やっぱり、辞めたんだ」 荒井は肩を落とし、ユリはそっと手を離した。 「でも、ここに住み続けるのね?」 アツコは明るく言い、荒井の背中を思いっきり叩いた。 「ぐっ、痛、何?」 「荒井、グイグイ行きなさいよ」 荒井は痛みと照れで、何とも滑稽な様子だった。 足元の小石を思いっ切り蹴った。 小石は苗が植わる長芋畑に飛んで行く。 自分の思うようにやってやった。ガラスの天井なんて些末な事はもう気にならない。 清々しい青空を見上げ、太陽を掴みに両手を伸ばす。 憑き物が落ちたように気分が良い。 気持ちが突き抜ける。 なんでもできる、世界だって変えられる。 完
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