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No.1
前代未聞の人事異動だった。
主任になったばかりの私が部長級の「鈴鳴薬品株式会社 山奥田物流倉庫 センター長」に任命された。
こんな破格の人事が何の理由もなく行われるはずない。
何か裏があると悶々としていると、奥寺事業本部長から呼び出された。
私は東京都中央区日本橋にある大手製薬会社、鈴鳴薬品株式会社の薬事部に勤務している。
日本橋は江戸時代から続く薬種の町で、現在も製薬会社の聖地となっていて、就活中の薬学生の憧れの場所でもある。
地方出身の私もその1人だった。
東京の某有名大学で学び、薬剤師免許を取得した。
切望した東京都中央区日本橋に勤務し、曇り一つないマウンティング上位の人生を駆け抜けると信じていた。
事業本部長室をノックし、ドアを開ける。
連なる高層ビルが見える窓を背にして、グレーヘアの恰幅のいい男性がゆったりとした革椅子に座っている。
「山田ハルさん、ルンルンルンで仕事をしていますか?」
「はい。毎日、ルンルンワクワクです」
奥寺事業本部長は、部下との信頼関係を築くためフレンドリーに接してくれるのだが、常に調子外れで合わせるのが難しい。
「ハルさん、人事異動はどう思いましたか?」
本部長に真直ぐに目を見つめられる。男性用の整髪料が匂う。
「正直、山奥田物流倉庫は田舎にあるので気が引けますが、部長待遇は魅力です。なぜ私が部長になれるのでしょうか?」
「ハルさん、ズバッとバシッと鋭いですね。あなたのそういうところが大好きですよ」
「恐縮至極千万でございます」
サムライ風の返事は本部長のお気に入りだ。
「ワハハハハハッ! さて、おふざけはここまでとして」
本部長は襟を正して話し始めた。
「6か月後、山奥田物流倉庫は大手物流会社の笹川急便に業務委託をします。現在勤務している従業員37名の将来をハルさんに託したいのです」
「それは『解雇を言い渡せ』ということでしょうか?」
思った以上の重責に体が熱くなった。可能なら断りたい。目線がフと泳ぐ。
「そう言っていませんよ。転勤を伴う人事異動を許容できる方には、適当な部署を用意します。それ以外の方は、そうなるかもしれませんね。どうですか? 大出世のチャンスですよ、ハルさん」
本部長は試すように私を真直ぐに見つめた。
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