【弱き】

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「いらっしゃい、こんな古い社にお客さんなんて珍しい」  女性はそう言って、僕に近づきながら再び微笑む。緊張している僕は、コクりと頭だけでお辞儀した。 「こんなところに、参拝かしら?」  その質問の返事に困る。参拝ではない。偶然通りかかった訳でもない。そんな場所ではないし。初めてきた場所なのに、落とし物を探しに来たってのも変。そもそも美しい女性に笑顔を向けられて緊張した状態では、思考はまともに働かない。  答えられずに無言の僕の左手を、女性がおもむろに取る。白くて柔らかな手に触れられ、僕は脳みそから煙が上がりそうな程混乱する。 「血が出てますね」  そう言いながら、女性は衿元からハンカチを取り出すと、僕の手に巻こうとする。  手を握られ、さらにハンカチで手を巻かれる。しかもそのハンカチは衿元、胸に近い服の中から取り出したもの。あまりの恥ずかしさと照れくささで、反射的に手を引いてしまった。  一瞬、女性が悲しそうな表情をしたように見えたので、精一杯大人ぶって言う。 「大丈夫ですよ、これくらいの怪我」  その一言に、女性は察したようにクスクスと笑いながら再び僕の手を取る。 「ダメよ。こういう草木の多いところは、小さな傷口からでもバイ菌が入りやすいんだから」  そう言って再び手にハンカチを巻き、キュッと結ぶ。 「家に帰ったら、よく洗って消毒してね」  そして、僕の顔を見上げるように覗き込み、再び微笑む。その笑顔は、どこまでも優しく見えた。  
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