【弱き】

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 空は紅色から深い紫色へと染まり始めていた。緑地を出て空を見上げていると、一台のバスが僕の前に止まる。運転手さんに向かって首を横に振ると、バスは排気ガスを残して走り去った。    女性の笑顔を思い出しながら左手に巻かれたハンカチを右手で撫でる。この緑地の中に稲荷神社があるなんて知らなかった。そこにいた銀色の髪の美しい女性。あの優しそうな笑顔。そして、白く柔らかな手の感触。思い出すと再び胸がトクンと鳴った。  女性は、この稲荷神社の巫女 ─正確には管理をしてるだけで巫女ではないそうだが─ で、名前は こぎんさん だそうだ。  そして何より驚いたのは、帰り際にチラっと見たもの。境内と緑地の境目から、警戒するように僕を見ていた。 「犬、飼ってるんですか?それともまさか野犬?」  野犬だったら無事に帰宅できるだろうかと不安に思いながら聞いた。しかし、こぎんさんの答えは、そのどちらでもなかった。 「あれはね、キツネさん」  この緑地には、何匹か住んでいるそうだ。いくら、森のようになってるとは言っても、町中の緑地にキツネなんて珍しい。僕はキツネを見て、幼い頃にお婆ちゃんから聞いた話を思い出した。 「昔、ここが町になる前はキツネのいる美しい山だったんだよ。その花鳥風月が永遠に続くようにと、神社に奉ったお狐様へ祈り、狐鳥風月という歌を演奏したんだよ」 「おばあちゃん、花鳥風月ってなに?」 「山は季節ごとに変わる。綺麗な花が咲く春、木々が青々と力強い夏、紅葉で真っ赤に染まる秋、真っ白な雪に包まれる冬。山は、季節ごと代わりながら、色々な美しさを繰り返していくってことだよ」 「ふーん、よくわかんないけど、僕、キツネさんに会ってみたい」 「匡康が優しい子に育てば、きっと会えるよ」  そう言って、おばあちゃんは笑顔で僕の頭を撫でてくれた。  部活のことやボールのこともあったが、今日、ここに来れて良かったと思う。10年前、僕が3歳に時に亡くなったおばあちゃん。おばあちゃんは『おばあちゃん』だったから、名前を知らない。でも、おばあちゃんの優しい笑顔が大好きだったことは今でも覚えている。僕は、幼いころを思い出させてくれた緑地に向かって一礼した。  
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