1人が本棚に入れています
本棚に追加
$稼業
このところ、めっきり仕事が減っている。
最後に仕事をしたのがいつだったか、思い出せないくらいだ。
我々の仕事は、いくらか特殊である。
どのような仕事であれ、ある程度の特殊性を孕んでいるのは普通のことだし、特殊だからこそ仕事になり得る、というのも確かだがーーそのような点を考慮しても、この稼業は特殊だと言わざるを得ない。
「ムマ」の駆除ーー。
それが我々の仕事だ。
楽な仕事ではない。
命がけのハードワークだ。
その証拠に、ブラックは3年前に大きな怪我をして引退した。
奇襲を受けたブラックは、激しい戦闘の後、どうにかムマを葬り去ることに成功した。
だが、基地へ帰還する際、コンビニに寄ろうと思い立ったのが運の尽きだった。雨に濡れた地面に足を取られ、彼は激しく転倒し、腰を負傷した。
椎間板ヘルニアである。
それ以来、ブラックは現場を離れ、内勤職員として、事務作業に従事している。エクセルと簿記の資格を持っていたお陰で、なんとか免職は免れたらしい。
兎に角、ヤクザな稼業である。
こんな仕事に手を付けるのは、脛に傷のある奴か、訳ありの連中だけだ。
メンバーの大抵は借金を抱えている。
僕自身、専門学校の奨学金を手っ取り早く返すために、この仕事を選んだ。
ピンクはホストに貢いだ金(いうまでもないが、消費者金融で借りたのだ)を返している。
レッドについては......本人に聞いたことがないのでわからないが、あんなだらしない奴が借金漬けになっていないわけがない。大方パチスロやら、競馬やらにつぎ込んでいるはずだ。
ところで、僕たちのクライアントは「国家」だ。
特殊生物確認庁がムマの存在を認識して、初めて仕事が成立する。
プライベートでムマをパージ(=駆除)したとしても、報酬の対象にはならない。所定の手続きを踏み、いくつかの申請を通し、関連する書類が整って初めて、金銭に結びつく、というわけだ。
だから機関の職員は、非番の日にはムマを放置している。
筆舌に尽くしがたいムマたちの悪行を確認にしても、見て見ぬふりを決め込む。
なにしろ、ムマのパージにはリスクが付きまとう。
許可なく強化服を起動すれば、重大なコンプライアンス違反となり、莫大な違約金を払わされる。
そんな条件下で、命を差し出して戦えと言われても、困ってしまう。
僕たちはあくまでビジネスをしているに過ぎない。
世界を守るヒーローでも、救世主でもない。
営利目的で働く、団体職員に過ぎない。
それにしても、発注が減ったのはおかしなことだ。
ムマの出現回数自体が減少しているとは思えない。
先日も、仕事帰りのサラリーマンがムマの襲撃を受けていたのをこの目で確認した。それなのにどうして、発注が来ないのか。
いくら考えても答えは出ない。
いずれにせよこのままでは干上がってしまう。
副業でも始めたほうがいいのかもしれない。
いっそのこと、こんな稼業からはさっさと足を洗った方がよいだろうけれど。
最初のコメントを投稿しよう!