$稼業

1/1
前へ
/6ページ
次へ

$稼業

このところ、めっきり仕事が減っている。 最後に仕事をしたのがいつだったか、思い出せないくらいだ。 我々の仕事は、いくらか特殊である。 どのような仕事であれ、ある程度の特殊性を孕んでいるのは普通のことだし、特殊だからこそ仕事になり得る、というのも確かだがーーそのような点を考慮しても、この稼業は特殊だと言わざるを得ない。 「ムマ」の駆除ーー。 それが我々の仕事だ。 楽な仕事ではない。 命がけのハードワークだ。 その証拠に、ブラックは3年前に大きな怪我をして引退した。 奇襲を受けたブラックは、激しい戦闘の後、どうにかムマを葬り去ることに成功した。 だが、基地へ帰還する際、コンビニに寄ろうと思い立ったのが運の尽きだった。雨に濡れた地面に足を取られ、彼は激しく転倒し、腰を負傷した。 椎間板ヘルニアである。 それ以来、ブラックは現場を離れ、内勤職員として、事務作業に従事している。エクセルと簿記の資格を持っていたお陰で、なんとか免職は免れたらしい。 兎に角、ヤクザな稼業である。 こんな仕事に手を付けるのは、脛に傷のある奴か、訳ありの連中だけだ。 メンバーの大抵は借金を抱えている。 僕自身、専門学校の奨学金を手っ取り早く返すために、この仕事を選んだ。 ピンクはホストに貢いだ金(いうまでもないが、消費者金融で借りたのだ)を返している。 レッドについては......本人に聞いたことがないのでわからないが、あんなだらしない奴が借金漬けになっていないわけがない。大方パチスロやら、競馬やらにつぎ込んでいるはずだ。 ところで、僕たちのクライアントは「国家」だ。 特殊生物確認庁がムマの存在を認識して、初めて仕事が成立する。 プライベートでムマをパージ(=駆除)したとしても、報酬の対象にはならない。所定の手続きを踏み、いくつかの申請を通し、関連する書類が整って初めて、金銭に結びつく、というわけだ。 だから機関の職員は、非番の日にはムマを放置している。 筆舌に尽くしがたいムマたちの悪行を確認にしても、見て見ぬふりを決め込む。 なにしろ、ムマのパージにはリスクが付きまとう。 許可なく強化服を起動すれば、重大なコンプライアンス違反となり、莫大な違約金を払わされる。 そんな条件下で、命を差し出して戦えと言われても、困ってしまう。 僕たちはあくまでビジネスをしているに過ぎない。 世界を守るヒーローでも、救世主でもない。 営利目的で働く、団体職員に過ぎない。 それにしても、発注が減ったのはおかしなことだ。 ムマの出現回数自体が減少しているとは思えない。 先日も、仕事帰りのサラリーマンがムマの襲撃を受けていたのをこの目で確認した。それなのにどうして、発注が来ないのか。 いくら考えても答えは出ない。 いずれにせよこのままでは干上がってしまう。 副業でも始めたほうがいいのかもしれない。 いっそのこと、こんな稼業からはさっさと足を洗った方がよいだろうけれど。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加