君は花より朧にて

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どうして、と彼は言う。 どうしてあの時……、と問う。 その言葉に私はうまく、答えることが出来ないのです。 【君は花より朧にて】 最初のきっかけは、いつだって些細な物で、私が生まれた世界には三つの性別があったのも些細な事だ。 アルファ、ベータ、オメガ。 私の両親はベータだった。いつも、私に言い聞かせていた。 「オメガの人を、差別しては駄目」 なぜ差別されるのかを聞くと、両親は困ったようにお互いを見つめて微笑んでから、私に諭すのだ。 「その質問は、大人になってからね」 だが、私の質問に両親が答えることはなかった。 私が十六歳になった時に両親は車の事故で亡くなったからだ。 この世界は、アルファ、ベータ、オメガの性別がある。 アルファはこの世界で頂点である種、ベータは働き蟻、オメガは繁殖に特化した性別だと言ってもいい。 男でも女でも孕む。それに、アルファを惑わす香りを撒き、発情期というものまであるのだから、つくづくオメガと言う種は原始的な名残が色濃いのだろう。 私はオメガを差別などしなかった。 オメガは風俗によくいる種だ。 色を好む種には働きやすい環境だろう。別に差別などはしない。 私を育てた叔父風に言うのならば、「セーフティネット」なのだと思う。 彼は言う。 「まあ……世間でしんどい思いをするなら、最初からこちらへ来ればいいのさ。適材適所、そういうもんだ。真っ青な昼の空の上にはお天道様、夜には輝くお月さま。で、お天道様ってのは実は陰気なもので、強い奴しか照らさねえのさ。お月さまはいいやね。柔らかい光でさ……そりゃあ、月の光で植物は育たねえし、読書もできねえような小さな白い光だけどさ、俺はお月さんが一等好きだな」 そう言って叔父は指のない左手をそっと隠して笑うのだ。 叔父はいわゆるやくざ者だった。 十六で両親が亡くなるまでその存在を私は全く知らなかった。いきなり両親が死んで呆然自失で家の仏間に座り込んだ私の耳に聞こえてくるのは財産分与の話や、誰が私を育てるか、と言った話ばかりだった。 ああ、ドラマみたいだ……となかば他人事の様に考えていると、どかどか、と足音が聞こえた。随分うるさい、と思った時には太い足が目に入った。 「おう、お前が俺の甥っ子かい」 低く、少ししゃがれた声だった。 見上げるとオールバックの、険しい顔の男がいた。 彼はすぐさましゃがみこみ、ぱっ、と笑って私の髪をぐしゃぐしゃと撫でた。 「俺は安藤望(あんどうのぞむ)と言うのよ。お前の母ちゃんの弟だ。生きてる間に連絡がなかったが、死んだら連絡がきた。ははは、元気出せよ坊主。俺がついていてやるからな。坊主、お前の名前を教えてくれ」 「僕は、押上(おしがみ)圭太です」 「そうか、圭太。おじさんはな、あんまり褒められた稼業ではないのよ。だから……」 「連れてってください」 私は即座に言った。 私はこの人がいいと直感的に感じたのだ。 彼は驚いたような顔をしたが、次第に満面の笑顔になって「そーか!」と言った。 「圭太!おじさんの子供になるか!」 「はい!」 私は思い切り頷いた。そんなに人懐こい子ではなかったのに。この人についていけば大丈夫だ、いや、ついていきたい。そう思った。 彼の仕事は風俗店のオーナーと出張デリヘルの経営、それにバーやスナックを馴染みの女にやらせていた。良く言えば豪快で、悪く言えば大雑把な彼に言わせると、【適材適所】なのだという。 「アルファはお天道様で、オメガはお月様というこった。俺達ベータは気楽な物で、特にそんなしがらみなんかいらないわけだ。それにな……圭太。オメガだアルファだいう前に、不幸な奴はいくらでもいるし、特に不幸でもないのによう。自分で自分の事を不幸だと思い込んで不幸になりたがる奴もいる。だからまあ、さ。世の中を渡る秘訣はそんなに難しく考えちゃいけねえ事だ。オメガっていう種はな、色事に弱い。それでいいじゃねえか。俺の所の女は大抵オメガの女だが、俺の所じゃきちんと項にガードする物をつけているし、ヒニンだってもちろん完璧だ。色事に弱ければ、そこで逞しく生きればいいだけのこった。な、圭太。難しい事なんて、なにもないだろう?」 そう言って彼は笑った。 とにかく笑う事の多い男だった。彼は実の両親と反りが合わなくて十三で家を飛び出してからずっと夜の仕事ややくざの使い走りをしてきたそうだ。私が会った時はもうすぐ四十に手が届く、そんな年頃だった。 彼は私には普通の人生を送ってもらいたいとよく言っていたが、私はおじさんが大好きだった。おじさんよりもまともな男はいないと思った。仕事は褒められたものではないし、なにより彼はやくざだった。裏社会にずっぷりとはまっていた。それでも彼は非常に良い男だったのだ。
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