私の推しは競走馬

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私の推しは競走馬

 その出会いは突然訪れた。それはある日曜日。冷蔵庫の飲み物を取りに行くと、競馬好きの父がいつものようにスポーツ新聞を片手にレースを見ている。この時間はちょうど誰もリビングでテレビを見ないから、父がリビングのテレビを占領している。正直言って何が面白いのかさっぱりわからない。この時まではそう思っていた。 『おおっと! 後方からシップウヤシャ! 一気に加速していく!』  あれ? さっきまであの馬後ろから二番目ぐらいにいなかったっけ? 『ヤシャの猛追は止まらない! 三番手、二番手、いくか!? いけるか!? ゴール!』  白熱する実況とともに漆黒の馬は、先を走っていた馬たちを悠々と抜いてゴールした。すごい……さっきまであんなに後ろにいたのになんで? 『この馬の追跡は誰も振り切れないのか!? シップウヤシャ勝利を飾った!』  シップウヤシャの騎手は拳を天にかざす。勝者は俺だと誇示するように。それとは対照的にシップウヤシャは落ち着いた様子だ。むしろ、どこか余裕すら感じるのは私だけだろうか。 「くー! やっぱり来たかシップウヤシャ! 神戸新聞杯あたりから急に力をつけてきたな」  父は画面に向かって興奮気味に話している。たまたまとはいえ、すごいものを見てしまった。私は芝の上を軽やかに走るシップウヤシャにしばらく目が離せなかった。  あのレースを見た日からどれぐらい経っただろうか。シップウヤシャの怒涛の追い上げは今も脳裏に残っている。一体どんなことをしたらあれだけの脚力を手に入れられるのだろう。やはり人間のアスリートのように馬もトレーニングをしているのだろうか。これまで競馬に興味がなかったから何も想像つかない。だから、知りたい。シップウヤシャのこと。競馬のこと。またあの走りをこの目で見たい。気づいたときにはネットでシップウヤシャの名前を検索していた。検索結果で出たのはこの間のレースのニュースと……これは! シップウヤシャの次走? 私は記事をすぐにチェックしてみた。 「天皇賞春?」  お父さんから何度か聞いたことがあるレースの名前だ。記事のコメントにはシップウヤシャに期待を寄せるコメントがのっている。天皇賞春ってそんなにすごいレースなんだ。再び検索をかけて調べてみると、天皇賞春はG1という一番格上のレースのようだ。レースの中でもG3とかG2とかランクのようなものが存在しているなんて知らなかった。一番ランクの高いレースに出られるシップウヤシャって結構すごいな。春の大舞台でどんな活躍を見せてくれるのか今から楽しみになってきた。 「みやこ、お待たせー。あれ? 何ニヤニヤしてんの? なんかいいことあった?」 「い、いや、何でもないよ! ほら、行こうよ。すみれ」  待ち合わせをしていた友人のすみれに話しかけられ、私は慌ててスマートフォンの画面を消した。うーん。さすがに競馬にハマりそうなんて言いづらいな。競馬はおじさんの趣味ってイメージあるし。私はうまく笑顔を作りながらなんとかその場をやり過ごした。
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