私の推しは競走馬

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 天皇賞春の当日。私は自分の部屋のテレビの前でレースが始まるのを今か今かと待っていた。シップウヤシャは今日も落ち着いている。大勢のお客さんの前で緊張したりしないのかな。ネットで調べたところ馬は人間の三歳児並みの知能があるらしい。だから、そういう感情があっても不思議はなさそうだけど。彼がクールな性格なのだろうか。いいなぁ。私は講義で発表する前とか緊張するから羨ましいかも。そんなことを考えていたら馬たちが続々とゲートに入っていく。いよいよ始まる。なんだか私の方が緊張してきた。そんな私の感情をよそに馬たちのゲート入りが完了し、ゲートの扉が開く音とともにレースが始まった。 「今回も後方から追い上げる作戦か。頑張れ! ヤシャ!」  ヤシャが虎視眈々と後ろから戦況を伺って走っているように見える。天皇賞春はG1のレースの中でも一番距離が長い。ペースを間違えれば後半でばててしまう。でも、後半から伸びていくヤシャの走りなら、その距離の長さを味方にできそうなレースだと思う。あとはヤシャに3200メートルを走り切れるスタミナがあればの話だが。 『シップウヤシャ後方から徐々に進出! 黒い影はもうそこまで迫っているぞ!』  最終コーナーの手前からシップウヤシャはどんどん加速していく。最後の直線に入るころにはもう先頭を走る馬たちに追いついていた。 『シップウヤシャがとうとう先頭に立った! 後ろとの差を広げていく!』  先頭の馬を抜いてからはもうシップウヤシャの独走状態だ。シップウヤシャと互角、いやそれ以上の末脚を持った馬でない限り彼には追いつけないだろう。そして…… 『シップウヤシャ! 圧倒的な末脚でゴールイン! 春の盾を手に入れた!』 「やったー! すごい!」  やっぱりあの追い込みはいつ見ても爽快だ。私はテレビの前で思わず拍手をしてしまった。シップウヤシャの騎手はねぎらうようにヤシャをなでる。どうか私の分も思いきりなでてあげてください。レースの後は天皇賞春の刺繡が施された飾り、優勝レイがヤシャの首にかけられた。そのときのヤシャの表情がどこか誇らしげに見えたのはたぶん私だけかもしれない。  天皇賞春の高揚がいまだに冷めない。動画サイトに天皇賞春のレース上がっているみたいだから、もう一回見ようかな。私はパソコンを立ち上げ、動画を探す。検索結果には天皇賞春の他にもシップウヤシャが勝ったレースが関連動画として上がっていた。そういえば、ヤシャが過去に出たレースって見たことないな。いい機会だから、見てみよう。まずはそうだなぁ。デビュー戦から! 私はさっそくヤシャのデビュー戦の動画をクリックした。  気がついたらシップウヤシャが出走したすべてのレースを見つくしてしまった。デビュー戦と東京スポーツ2歳ステークスは初々しいヤシャの姿を見てちょっと癒された。今と比べるとかわいさのほうが勝っている。皐月賞の前哨戦である弥生賞は期待に胸が躍る勝ち方だ。しかし、その後の皐月賞と日本ダービーではあと一歩のところで勝ちきれない。そんな状況で迎えた神戸新聞杯。このレースでヤシャは覚醒した。スタートが出遅れたときはハラハラしたが、後方から一気に追い込んだことによって勝利をもぎ取る。次の菊花賞でも同じ戦法で勝利。初のG1タイトルを手に入れた。私がヤシャを知るきっかけになった阪神大賞典は何回見てもあのとき受けた衝撃を思い出す。父が競馬にのめりこんでいる気持ちわかってきたかも。私は部屋の天井を見ながら息を吐く。他にもヤシャ関係の動画ないかな。動画サイトをくまなく調べていると、ヤシャの父親にたどり着いた。ヤシャの父親は芝とダートで活躍した馬のようだ。ということはダートで走るヤシャの姿も見られたりして。いや、さすがに期待しすぎか。 「みやこー。夕飯の支度するから手伝ってー」 二階から母の呼ぶ声がした。もうこんな時間か。ヤシャのお父さんのレースも見てみたかったな。まぁ、それはまた後でにしよう。私はパソコンを閉じて母の待つ台所へ向かうことにした。
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