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アパートのドアの前。
もう、何時間も体を縮めて座っている。
日が短くなって、夕方はあっという間に夜に変わる。
日が出ている時でも、寒くて自然と震えてくるのに、暗くなったら呼吸をするたびに身体の中からも凍りそうだ。
「あの、そこ、私の部屋なんですけど…。」
凍死寸前の俺の耳に、幻聴かと思えるような声が聞こえた。
膝の上に伏せていた顔を上げると、ニット帽とマフラーで顔のほどんどを隠した悠里がいた。
もしかして、夢の中なのかと、自分の意識を確認する。
小さく吸い込んだ息が、冷えきった体をまだ冷たくする。
あぁ、まだ生きてるよ。俺。
心配そうなのか、迷惑そうなのか。
ダウンのフードを深くかぶった俺の挙動を見守る悠里に向かって、立ち上がり、一歩踏み出した。
そして、フードを外して顔を見せた。
「雄大…。」
元々大きな目だけど、今まで見た中で一番大きく見開いて、驚いている。
「寒くて死ぬ。中、入れて。」
震える声で、懇願する。
「いつから居たの?この時期に、こんなとこに居たら、本当に死んじゃうんだからね!」
悠里は急いで部屋の鍵を開けて、小言を言いながら、震える俺を部屋に押し込んで、暖房を入れて、温かいコーヒーを入れてくれた。
俺の解凍が済むまで、脱げないでいるダウンの上から毛布を掛けたり、コーヒーをのお代わりを作ってくれたりして。まるで3年間、離れていたのが嘘みたいに、一緒に暮らしていた頃のように世話をやいていた。
「なんで、北海道なんだよ。」
ようやく震えが収まって、出た言葉が、これだった。
「だって、とにかく遠くに行かなきゃって、思って。」
「遠すぎるだろ。こんなに遠いから、3年もかかっただろ。」
声が出るようになったら、用意していた言葉とは違う言葉が、次々と出てきた。
「見つからないと思ってたのに。」
俺から目を逸らしながら、呟くように悠里は言った。
「俺はな、バカで、諦めが悪くて、寂しがり屋なんだよ。そんな俺が、一人で生きられるわけがねーだろ!」
相変わらず華奢な悠里の肩を掴んで、貯めていた思いをぶつけた。
「俺と血が繋がって無くても、ホントの姉弟じゃ無くても、疫病神でも、俺の前から消えるなよ。」
目の前にある悠里の顔は、ギュッと口を結んで、グッと目に力を入れて、漏れそうな思いを、必死に堪えているみたいだ。
あぁ、こうやって、一人で堪えていたんだな。
今まで、見えなかった姿を目の当たりにして、初めての感情が溢れ出した。
本当は、顔が見たいんだけど、俺の腕は悠里を力一杯抱きしめていた。
自分の腕の中で、確かに悠里の存在を確かめながら、この3年間の後悔の中で気が付いた、俺の気持ちを伝えた。
「悠里は俺の家族で姉さんだよ。そんな悠里が消えて、寂しくて狂った。でも、悠里を探すことで、生きられた。
父さんと母さんが死んで、寂しくてどうしようもない時も、悠里が側に居てくれたから生きられた。
どんな時も、俺には悠里がいるから、生きていられるんだ。だから、俺を『殺してしまう。』なんて思わないで、俺を『生かしてる。』って思って欲しい。
18年間、悠里のこと、姉さんだとしか思ってなったから、悠里の気持ちに応えられるか、正直、まだ分からないけど。側に居ながら答えを探しちゃダメかな?」
「今の私じゃ、前みたいに、お姉さん、出来無いかもしれない。」
「俺だって、前みたいに、のんきな弟でいられねーよ。」
悠里は俺の言葉に、小さく笑った。
悠里の笑った顔が見たくて、抱きしめていた腕を解いた。
俺を見上げる悠里の頬は、涙で濡れていた。
悠里の頬に伝う涙を指で拭いながら、さっきから溢れている感情に名前を付けた。
「なぁ、『触れたい』とか、『離れたくない』とかって、きっと『愛』だよな?」
俺が真面目な顔で語ってるのに、悠里は可笑しそうに吹き出した。
「何、笑ってるんだよ。」
拗ねて、口を尖らせながら、文句を言う。
悠里はそんな俺のむくれた頬に小さな手で触れながら、言った。
「私はずっと、雄大に『触れたくて』『離れたくない』って、思ってるよ。」
それって、やっぱり。
『愛してる』ってことだよな。
「家族って、作れるんだよ。」
俺も悠里の真似をして、少し痩せた頬に触れながら、言った。
「ん?」
不思議そうに首を傾げる悠里に、教えてあげた。
「結婚したら、家族になれるだろ。」
俺の言葉に、嬉しくて涙を流すかと思ったのに、悠里はまた可笑しそうに吹き出して、俺の頬をつまんだ。
「『愛』がどんな感情か、分からないのに、何言ってるの?」
「それは、これからゆっくり知るんだよ。だからもう、消えるなよ。」
悠里は俺の言葉に、微笑みながら頷いた。
俺はそれに安心して、力が抜けた。
華奢な悠里の肩に頭を預けて、すぐ側にある小さな耳に囁いた。
「ありがとう。愛してる、悠里。」
完
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