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 「雄大(ゆうだい)!遅刻するよ!起きなさい!」  「ん~、うるさいなぁ~。起きてるよ。」   「さっきから、5分おきに同じこと言ってるんだけど、まだ、ベッドから出て無いってどういう事よ!もうすぐ高校卒業なんだから。朝ぐらい一人で起きなさいよ!」  寒い朝に、思いっきり布団を引きはがされて、目覚めよりも、苛立ちが先に来る。  俺は、カーテンを全開にしている背中に向かって、目もほとんど開いてないのに、苛立ちをぶつける。  「だから、布団、剥がすのやめろって言ってるだろ!心臓に悪いだろ!」  「そんな、繊細な心臓、してないでしょ。それと、後15分で電車出るよ。」  壁にかけてる時計を指さして、真顔で俺に教える。  「嘘だろ!何でもっと早く起こしてくれないだよ!」  俺は秒で部屋を出て、洗面所に駆け込む。    慌ただしい朝の光景は、俺が高校を卒業する日まで、当たり前のように繰り返されていた。  姉と弟の二人だけの家族になったのは、俺が中3、姉が高1の冬だった。  両親は事故で、突然、俺たちの前から居なくなった。  突然すぎて実感できたのは、お葬式の時でも、初七日の時でも無くて。姉と二人きりになった家が、いつもより広くて、いつもより静かだって事に気が付いた時だった。  涙って、感情が溢れるから流れるんだ。って知った。  心って、本当に穴が空くんだ。って実感した。  お葬式でも、火葬場でも、悲しかったし、涙も出たけど。こんなに次から次へと溢れ出て止まらないなんて、初めてだった。  痛くて、寒くて、苦しくて。力いっぱい胸を掴んでも、心は空虚で大きな空洞だった。  暗いリビングで泣いてる俺を、優しく抱きしめてくれたのは姉だった。  たった一人の家族になった姉は、嗚咽で上手く呼吸が出来ない俺の背中をゆっくり撫でながら、何度も言った。  「私はいなくならないから。雄大の側にずっといるから。」  あの時の記憶は、その言葉よりも。痛くて、寒くて、苦しかった空虚な心が、抱きしめてくれた姉の体温で、熱を取り戻していくのを実感した方が鮮明に残っている。  物理的な温かさは、心を癒すのだと。思った。  その日から姉は、母親で父親で、ただ一人の家族になった。  なのに俺は、何にも変われず、だたの弟でしかいられなかった。  
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