最終話 魔王追放

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最終話 魔王追放

「なあ、勇者ってなんだ?」 「この世界に選ばれし者だ」 「じゃあ、魔王ってなんだ?」 「この世界に選ばれし者、だそうだ」 「それ、誰から聞いたんだ?」 「守秘義務に当たる。しかも漏洩がバレたら、牢屋から出られなくなる」 「はっ。あんたでもジョークを言うんだな」  トライバイト国境。  魔王との戦闘から2日後。  小さな幌馬車に天使と生首を載せて、西の国境までたどり着いた。  丘の草の上に座ってふたりだけで話す。おそらくこの堅物と話すのは、これで最後になるから。  聞きたいことは山ほどあった。でも、あまり多くは教えられないと釘を刺された。 「じゃあ、なんでこんなバイトしてんだ?」 「獄卒の通常業務より、歩合がいい。しかも本業に出張旅費が3割増しでつく」 「かあっ。あんた、仕事のことしか頭にねえのかよ」 「追放する勇者を国境まで見送るのが、私の任務だといったはずだ」 「まったく。んじゃあ、勇者が魔王になるってのは?」 「この世界の発展は、強くて賢い魔王を誕生させるかにかかっているそうだ」 「世界の発展? ……ああ、魔王が持ってるっていう知識か」 「ああ。だが為政者達の感覚ではない。世界全体の視野だ。魔王はその知識を利用して町をつくり、その町の領主となる。  各国の国王達は、魔王の知識を欲しつつも、魔王が自国より強大になることをおそれた」 「そのための、勇者ってわけか。で、そいつが魔王を(たお)したら、空席にそいつが座ると」 「乱暴な理屈だが、その認識であっている。もちろん、魔王もやってきた勇者は容赦なく叩き潰せばいい」 「それが、この世界が決めたこと、か」 「ああ」 「んじゃあ。なんで対勇者保護観察官なんてモンがあるんだ?」 「前にも言ったが、勇者から魔王になる際に、魔素の暴走による理性破綻が起きる。それを野獣期間と呼んでいるが、その期間が曲者でな」 「半年とか1年とか?」 「30年だ」 「はあっ?」 「おとぎ話に出てくるような残虐非道の魔王そのものというわけだ。世界発展の知識どころか、世界を滅ぼしかねない怪物になるかもしれない。その危険性を、ある連中が危惧した」 「その人物ってのも、守秘義務なんだよな」 「ああ。話を戻すと、魔王を殺さずに野獣期間を縮めるか、破壊することが、私の任務だ。貴様のようにあっさり元の人格へ戻れる魔王は稀有な存在だがな」 「それ、褒めてんのか?」 「無論だ」棒読み。 「話は少し戻るが、勇者は魔王になる前に、5年間の幽閉を行う」 「はは~ん。読めたぞ。その期間で、野獣期間が起きるかどうかを見るわけだ」 「当たらずとも遠からずだな。マグリッパの言葉を思い出せ」 『魔素の補給だ。魔王への。あんたは知らないだろうが、魔王は5年以上の魔素の蓄積がなければ、魔王へ昇華できない。ただの魔人だ』 「魔素の補給?」 「そうだ。だから監獄で貴様は5年間の魔素を蓄積させられていた。魔人とならないためにだ」 「魔素は、死んだら出るって聞いたぞ。看守もいったよな。でもゲエンナ監獄所の獄死は10人を切ってたって聞いたことがある。なのに幽閉が必要だったのか?」 「そう。だから、お前の魔王への昇華は遅れていた。私のせいでな。だが刑期満了は刑期満了だから出すしかない。そこで私が観察して魔王の昇華具合を報告することになっていた」 「それも保護観察官の仕事だって言うのかよ」 「そうだな」  看守は悪びれずに右肩にかけた警杖を左肩に持ち替えた。 「そしたら、お前が監獄所をでた直後から、トラブルの連続だった」 「ああ。囚人の立て籠もりに、徘徊死霊騒ぎか」 「そうだ。あれでお前はオークの兄弟と出戻りの囚人。それから人質の少女から魔素を吸収した」 「あの娘からも?」 「恐怖や怒りから魔素が放出され、少女を羽交い締めにしていたお前に吸収されるところを私は見ている。それは翌日の定期報告にも付記したことだ。  魔素が恐怖や怒り、憎しみ、悲しみの感情で多く生成される性質を持っているのは、ここ数年の間ですでに知られていた」 「涙、か?」 「ほう。そこに気づくとは、さすが魔王だな。どうもそうらしい。貴様に魔素が死だけで放出されるという基本概念しか教えなかったのは、魔素の真実はまだ部外秘だからだ。  実際、マグリッパは監獄無統制時代前の知識で、獄死が多い監獄こそ魔素が集まる場所だと誤認していた。だから死霊などという無茶な発想が生まれたのだろう」 「あー、昔っから微妙にズレてるんだよなあ。あいつ。でも、そうか。監獄は囚人が収監されて、怒りや悲しみ、憎しみが多い場所だ。それじゃあ、あの魔王は、そのことを知らなかったのか?」 「そのようだな。現に魔王に昇華できず、魔人化していた。もっとも、知っていたところで中途脱獄する意思は変わらなかったろう。彼も貴様と同じ、罪の理由がわからず投獄された身なのだからな」 「そういや、あいつ、自分のこと余とかいってた。あのエラそうな態度は、王子様って感じだったよな」 「ああ。それで昨日のうちに確認が取れた。間違いなく、トライバイト王国第三王子だった。シェムハザ・アッザース・トライバイトのようだ。5年前に夭逝の扱いになって、葬儀も済ませたそうだ」  俺は草をむしりながら、顔をしかめた。 「ひでぇなあ。まだ生きてるのに、家族から死んだもん扱いかよ」 「ところが、その翌年に上の兄たちがふたり立て続けに病死。慌てて死んだことにしていた王子を監獄から出したが、出奔され。今年、国王その人もまた、重い病を得たそうだ」 「はっ。ザマねーな。バチが当たったんだよ。バチが」 「それで、申し訳ないのだが……」 「あん?」  俺は草をむしる手を止めた。 「貴様が、その第三王子だという噂を流しておいた」 「ちょっと何言ってるか、意味がわからないんですけど?」  デイモンに怪訝を向けると、トライバイト領内から大地を蹴る馬群の音が近づいてきた。  俺は思わず立ち上がって、土煙のある方に目を(すが)めた。 「マジかよ……」 「いい頃合いだ。それじゃあ、元気でな……魔王アルマン」 「おい。今の俺、魔王なんだろ? 王子の身代わりなんてできるわけねーだろ!」  デイモンは小首を傾げた。 「トライバイトは、王族が勇者となって魔王を斃した。その勇者が魔王になることくらい、王族なら誰もが知ってる。  だから、勇者は幽閉され、何も知らなかった勇者王子は脱獄したんだ。そしてその勇者は魔王になりそこねて、貴様に斃された。そうだな?」 「あっ、うっ。えっと……つまり?」 「王子は、すでに魔王でなければならない。もし、魔王という理由で処刑されそうになったら精一杯抗って、逆に国を乗っ取るのだな。お前は魔王だから、それができるだろう?」  根無し草の冒険者に過ぎなかった俺が、王様に。頭が混乱して言葉がうまく出ない。何か聞きたいことがあったはずだ。 「じゃあ、さ。最後にこれだけ教えてくれ」 「なんだ?」 「看守。あんた──、〝勇者〟だよな?」 「……っ」  看守長はマントを翻すと、警杖をついて歩き出した。 「なんでっ、獄卒やってんだぁ! どうして魔王を斃しに行かなかったんだよぉっ!」  返事はすぐにはなかった。迫ってくる馬蹄の音で答えがかき消されてしまいそうだった。  やがて、彼は立ち止まり、肩ごしに振り返っていった。  それは小さな告白だったが、俺には大きな衝撃だった。 「私に……〝父〟は殺せなかったからだ」
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