第9話 魔王をつくる

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  §  §  §  猛然と突進してくる新魔王が眼前に迫るまで、デイモンは踏みとどまる。  拳を振り上げる時、肩甲骨を回転させて肘を引く。まさにそのタイミングに、杖を鋭く突く。  新魔王はとっさに攻撃の呼吸を乱され、獣の俊敏さでその場を跳び離れる。が、その時すでに、新魔王の横へデイモンが杖を八相の構えではりついていた。 「闇打(アヌ)っ!」  ピシャンッ!  鋭く乾いた音が、新魔王の盆の窪で爆ぜた。  盆の窪とは、後頭部と後頸部の結合部分で〝項窩(こうか)〟ともいったりする、くぼみのことだ。  人体の致命的急所であるが、魔王には効かない。  ただ、そこに赤い光が灯った。  新魔王は思わぬ一撃に着地を失敗して、顔面で地表を削った。だがすぐに起き上がると同時に反転。デイモンに挑みかかってくる。  蹄鉄の右拳が顔面に届くより先に、杖でその手首を打ち払った。さらに杖を半転させて左の拳も打ち上げる。旋回が速すぎて飴色の蝶羽が浮かびあがった。 「夢枕(エンキ)っ!」  新魔王のあごが跳ね上がり、醜悪な顔面が空を仰ぐ。  青の光が灯った。  上半身が伸びきるより早く、下半身が旋回してデイモンの肩に強烈な(むち)蹴りが炸裂する。 「ぬぐっ!?」  杖で辛うじてガードする。硬い(かし)の杖が弓なりにたわんだ。  地面に叩きつけられ、2度バウンド。デイモンは杖を持つほかの手足で、ふき飛ぶ身体に制動をかけた。 「ウェパルっ」 〝大事ないっ。じゃが、あの柔軟性。もはや人の動きではないな〟  会話を成立させる(いとま)もなく、新魔王が飛来した。デイモン目がけて両足で地面を踏み穿(うが)つ。  デイモンは横に回り込む形で跳躍していた。ガラ空きになった新魔王の腹を薙ぎ打った。 「村雲(アドニス)っ!」  ピシャンッ! 緑の光が灯る。  脇を駆け抜け、デイモンは肩で息をしながら、杖を逆手に構える。  新魔王が腹を押さえたまま憎怒の形相でこちらに振り返る。 「まだか。まだ変化なしか」 〝……っ?〟 「ウェパル。どうしたっ」 〝いや、まだわからぬ。あと何段階じゃ?〟 「2段階だ」 〝よし、あと1段階で見極め──〟  言い終わるのを待たず、新魔王が向かってきた。身体を素早く左右に振りながら、いくつもの虚影をつくって押し寄せてくる。 「くっ。定着期間でもう幻惑を……知恵が回るじゃないかっ」  だが杖術の神髄は()(せん)。見極め、待ち、機を逃さない。デイモンは細く尖るように息を吐いた。 (慌てるな。体当たりでもない限り、攻撃モーションに入るためには一度、身体は止まる。その一瞬を──) 〝デイモン、後ろじゃあ!〟  帽子が宙を飛んだ。  ウェパルの警告で、デイモンは前に頭から突っこんだ。地上で反転して新魔王に杖を突き出す。新魔王はそれを首を傾けるだけで(かわ)した。  間合いを詰めると、獄卒将校を左右の剛腕で掻き裂いた。  デイモンは肩、腹、足と三枚おろしにされた──その姿が、消えた。  あ然と目を見開く新魔王の背後。デイモンは杖を大上段に振りかぶっていた。 「稲妻(エンリル)っ!」  ピシャンッ!  背骨を斬り裂く軌道に打ち下ろす。黄色い光の軌跡。新魔王はまさに落雷を受けたようにその場に立ち尽くした。  地面に受身を取りつつ、デイモンは杖を油断なく構えて、次の攻撃に備える。 「……ッ!?」  アルマンの様子がおかしい。  両手をだらりと降ろし、棒立ちになったまま動こうとしない。  かわりに背後で黒い煙がもうもうと発散され始めた。 「なんだ、あれは」 〝魔素じゃ。あの身体に過剰なまでに取り込んだ魔素が具現化を始めておるのじゃ〟 「魔素が具現化だとっ!?」 〝妾も信じられん。あの魔王から、新たに魔王を生み出ようとしておる〟 「なんだと……まさか、さっきの魔王か?」 〝うむ。あやつの身体にはもともと魔王一体分、余計に魔素を取り込んでおったのじゃ。それを使ってまったく別の魔王をつくることも不可能ではない。  そう、魔王になったからこそ、そんな型破りが可能になったのじゃ〟  デイモンは変調する魔王から目を離さず、ばかばかしそうに嘆息した。 「いや、もうこれ以上の御託はいい。魔王2体同時は、正直もたない。現状、アルマンだけでも羽化を進める。あとは……誰かがなんとかするだろう」 〝ふっ。実に建設的な意見じゃぞ。妾に異議はない〟 「ならあと一手だっ。──行くぞ!」  デイモンは杖を構えて、突進した。  無防備なった心臓に突きを打つ。滅ぼすために強く打つわけではない。あくまで任務は、自失獰猛なる野獣状態から覚醒させて、人格をもった魔王へと定着させるためだ。  だが、その渾身の突きが止まった。  黒い煙から白い腕が伸びて、デイモンの杖先を掴み止めたのである。 〝見えたぞ、デイモン! そやつは〝黒天使(アズラエル)〟じゃ。冥府の枢機神官にして魔王の庇護者じゃ。急げ。降臨前の力はまだ弱い。このまま押し通せぇ!〟 「うぉおおおおっ! ──導母っ(イシュタル)!」  デイモンは、警杖を掴まれたまま新魔王の左胸を押し通した。  白い光が灯り、せつな、五色の光が一斉に光り出した。  光は新魔王を包み込むと、表面にヒビを入れ、砕け散った。  その下から現れたのは、アルマンの姿だった。  顔や全身に黒炎の紋様に覆われていた。新魔王の姿であった。 〝デイモン。獄炎紋が全身に巡っておる。あれは強い魔王じゃぞ〟 「どうでもいい……。あいつと戦うのは……っ、私の、仕事じゃ、ない」  デイモンは全身で息を整えながら、新魔王の身に起きていることをじっと観察した。  黒い煙からもう一本の腕とともにゆっくりと女性の顔が現れる。  やがて白い法衣をまとった黒翼の天使が現れた。  そのほっそりした腰に、男の生首をぶら下げて。  女性は新魔王の上体を抱き起こし、再会を喜ぶように彼の頬に自分の頬を押しつける。 「アルマン。一応、生きているんだよね」生首がしゃべった。 「ええ。大丈夫……魔素に含まれた邪気がうまく廃除されています。彼の中で死霊の魔素まで浄化されるなんて。やっぱりアルマンは、面白い人ですね」 「きみはそう言いたくもなるんだろうけどさ。僕は、これだけだよ? 扱い、ひどくない?」 「少しは自分のしでかしたことを悔い改めることです。この、ヤブ魔術師」 「はいはい……あーあ、すくめる肩もないって結構寂しいや」  タチの悪い笑劇(ファルス)を見せられているようだった。 ※参考資料※ 技に当てた漢字に、神道夢想流杖術・五夢想の各名称を借用させて戴きました。この場を借りまして謝辞申し上げます
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