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エピローグ
数日後──
出張に行っている間に、上司の椅子がついに崩壊したらしい。
セルゲイ・ボルフリー矯正長は大理石の円柱に鹿革を引いて座っていた。
その大理石が、よくよく耳を澄ませば、か細い不平を呟いている。
「──以上が、本件の帰結となります」
「……うーん。新魔王はトライバイトへ、か」
ボルフリー矯正長は、崩れた三重あごをプニプニといじる。
「正直、あの杖術を使いこなせる獄卒は、いまだに貴官しかいない」
褒めているつもりか。予備人員は今後も望めない比喩か。よくわからなかった。
「職務遂行の上で、あの技術は有効な手段であると愚考いたします」
「うん。これからもよろしく頼むよ」
「はっ。それでは──」
下がろうとすると、ボルフリー矯正長の丸っこい手が制した。
「こちらから一つ、連絡事項がある」
「はっ」
「今朝のことだ。トライバイト国王が崩御なされた」
「……はい」
「ついては、その喪主を第三王子シェムハザ・アッザース・アルマン・トライバイトが務める。その先方が我が国の行政府へ弔問の使者に、貴官を指名してきているのだが、どうする」
「お断りしてください」即答しておいた。
「うん、わかった……。以上だ。ご苦労だった。職務に戻りたまえ」
「はっ。失礼いたします」
デイモンは敬礼して、矯正長室を出た。廊下に立てかけておいた飴色の警杖を取る。
〝デイモン、何をニヤついておる?〟
「ニヤついてなどいない」
デイモンは、とある独居房の前で足を止めた。そこは特定の人物しか入らない特別房だ。
〝ほら、また。ニヤついてるおるぞ。何か好いことでもあったのかえ?〟
「だから、ニヤついていないと言っている」
デイモンは、今日もまた、ほの暗い廊下を奥へと進んでいった。
〈了〉
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