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第3話 夜盗・屍鵺(ジルベール)
セイリュートから馬車を乗り継いで南西へ、丸4日。
いわゆる〝王国のへそ〟ともいうべき内陸部の盆地に、ラスザークがある。
南部国境は、このラスザークからも見える天険・氷竜連峰を越えていかねばならない。そのため、デイモンからは追放勇者に南部越境を切り出さない。
いくら仕事でも、わざわざ危険を冒してまで山岳越境する道理がない。元勇者が雪山から滑落していく姿を地上から見届けることは吝かでもないが。そう割り切る、デイモンだった。
ラスザーク手前の町・シューゲンブルクで情報収集をする。
「ラスザークの町はもうダメだよ、マスター」
「えっ?」
「烏羽の矢が立った。町中大騒ぎになってたよ」
「ああ……いい町だったんですがねえ」
「うん。だから狙われたのかもね」
「失礼。それは中央でも聞かない話だな」
酒場の店主と行商人風の小柄な男の会話に、デイモンは興味を引いた。
「獄卒の旦那。中央から来たの。じゃあ、わからないのも無理はないか。〝屍鵺〟っていってね。ここ2、3年の間に現れた夜盗なんだよ」
やけに子供っぽい口調の青年だった。
「ふむ。だが町がもうダメというのは?」
「うん。ただの強盗じゃない。盗みの手下に死霊どもを使うんだって。しかも百や二百って量で、町全部を襲わせるって話だよ。もう寝鼻を叩き起こされたどころの騒ぎじゃなくなるって話らしい」
「とすると、衛兵も役に立たないわけか」
「この辺の町が雇ってる衛兵は50やそこらだ。とても歯が立たないね。その後に、〝屍鵺〟は悠々と一軒一軒まわってお宝を頂戴するってわけさ」
「なら、首謀者は魔法使いか死霊使いあたりか」
すると青年はよくわからないといった風に肩をすくめた。
「町じゃ、魔王がそろそろ出たんじゃないかって言ってるけどね」
「前の魔王が倒されて、まだ5年しか経っていない。早すぎないか?」
一応、話の手綱を引いてみる。
「そりゃあまあ……でもね。墓で眠ってたヤツらを叩き起こす数が200以上だ。それこそ魔王でもなけりゃできっこないよねえ」
デイモンは蒸留酒のおかわりをもらうと、
「そうともいえないな。中央には、高名な魔法使いもいるし、危険人物に指定された死霊呪術師もいる。魔王はその彼らの上を行く存在だと聞いてる」
「へっえ~。その上かあ。じゃあ、はぐれ魔法使いあたりなのかねえ」
「うん、その線は強いな。それに」
「それに?」
「魔王は金を必要としない」
「は?」
「魔王には黙っていても金を集める使い魔がいるそうだ。だから人の仕業だろう」
青年は眉をひそめ、それからグラスを乾し、咳きこんだ。
「なるほどね。わざわざ村一つ潰すなんて大げさな真似はしなくていいわけか」
「そういうことだ。それで、その〝屍鵺〟の根城は、噂になっていないのか?」
「んー、根城ねえ。さあ。追っていったヤツなんでまずいないしなあ。あー、でも。ラスザークの西にある森の奥だといってたヤツがいたかも」
「それはつまり、迷いの森というやつか」
「へへっ。定番過ぎる話だけど、そういうことらしいよ」
「わかった。面白い話を聞かせてくれた。その一杯、こっちで持とう」
青年の酒代を持ってやり、デイモンは席を立った。
「その情報源になった相手に、魔王のことは忘れるよう忠告してやってくれ。破滅したくなければ、魔王には関わるな、と」
青年は何も言わなかった。
§ § §
「おい、看守。昨日どこ行ってたんだよ」
翌朝。俺は不平をひとこと物申した。
「気晴らしだ」
「俺も誘えよ」
「気詰まりだ」
「はぁっ!? 俺だってなあ、たまには酒が飲みたいのっ」
「なら勝手に飲めばいいだろう。止めはしない」
「ひとりで飲む酒なんて美味くねえっ。楽しくねえっ」
「元囚人が獄卒と飲んでも、酒の味はよくならん」
「じゃあ、俺はなんの罪で5年も捕まってたんだよ」
するとデイモンの鷹の目が、面倒くさそうに俺を見る。
「さあな。怠惰な勇者である罪とか?」
「タイダってなんだよ。あとな、俺の5年の不遇を疑問系で片付けるなっ。ていうか、なんで看守が憶えてねえんだよ」
「終わった話だからだ。貴様の収監は満了している。あと、何度もいうが、私はもう貴様の看守ではなく、保護観察官だ」
「ぐっぬぬ。ああ言えば、こう言う……っ」
歯がみしつつ地団駄を踏んでやる。デイモンはうるさそうにベッドから出て、俺をにらんできた。こいつ、制服で寝てやがった。
「そんなことより、次の町がラスザークだ。元パーティの男に何を話すか決めたのか」
「……」
「まだなら、決めておけ。相手が何をいってくるかは考えなくていい。貴様が先方に何を言い残して別れたいかだけ考えろ。決まらないうちは会わない方がいい。相手はお前のこの5年を知らない可能性もあるからな」
「な……なんだよ、それ」
「私の獄卒としての経験則だ。あと、対談する日に、私は半日ほど場を離れる。その間、貴様は町から出るな。保護観察中であることを忘れるなよ」
看守長は毛布を軽く直すと、さっさと朝食をとりに部屋を出た。
言い返すヒマも与えないのが、ムカついた。
§ § §
烏羽の矢が見つかったのは、三日前の早朝。
ラスザークの教会の壁に刺さっていたという。
最初に気づいたのは、修道士見習い。すぐに司教にまで情報が伝わり、守衛庁が衛兵60人を総動員して町の警戒に当たらせていた。
ラスザークの町。町に入ってくる者より、出る人の姿が多かった。
「この町を逃げたって安息の地などこにもない。それどころか、〝屍鵺〟が通り過ぎた後、この故郷に戻ってきたとしても、町はすでに死霊どもに食われて何も残っていないだろう。何もだ!
市民よ。われわれの町を護るのなら、今だ。今こそわれわれは勇気と郷里への愛を見せる時が来たのだ。
腕っぷしのある者ない者を問わない。住民だけでなく外からきた者でも構わない。この町を護ろうという気概のある勇者は、義勇団に参加して欲しい」
そう役場の前で街頭演説をしていたのは、ダレンだった。
「お前、パン屋をやるんじゃなかったのかよ」
拍手もまばらな演説が終わった後、俺が声をかけると、記憶より肉がついた鉄盾騎士は飛び上がらんばかりに驚いた。
「嘘だろっ。アルマン! お前、生きて──ちょっと、こっちこいっ」
奥襟をひっつかまれて、建物の影に連れ込まれた。
「なんだよ。こんな所に連れ込んで。金ならあるけどさ」
「金の話じゃない。勇者の力が必要なんだ。今、ここ南部は……この2年半で、〝屍鵺〟という怪異に町が4つ喰われてる」
「怪異ってなんだよ?」
「怪異は、怪異だ。徘徊死霊が大挙して町を襲ってる。下は子供から上は老人に至るまでな。領地内の西はすべてやられた。全滅だ」
「全滅ってお前……その情報、どこから?」
「おれが馬で回って、この目で見てきたんだっ」
「マジかよ。それじゃあ中央には?」
「くっ。何通も手紙を書いたっ。だが、連絡が来ない。これじゃあまるでおれ達は……」
それ以上は口にもしたくないのだろう。顔を振った。
「で、アルマン。お前は何しに、この町に入ったんだ?」
「お前に会いに来たに決まってんだろっ」
ダレンはつぶらな瞳をパチパチさせて、
「マジか。おれに?」
「ああ。5年ブタ箱にぶち込まれて、あと3ヶ月でこの国から出なくちゃならんからさ。それで、まあ、なんだ。お前らがあれから、どうなったのかなって、気になってさ」
「国を出る? なんで?」
「知らん。今、それ用の保護観察官も一緒についてきてる。今日はちょっと野暮用とかで、どっか行ってるけどな」
「そうか。いや。それなら町の防衛を手伝ってくれないか。今、手助けなら猫でもシャクシでも借りたい気分なんだ」
「なんだそりゃあ、シャクシに手はねぇだろ」
「だから、そういう気分の問題なんだよ……変わらねぇな。お前は」
泣き笑う顔のダレンと、俺はようやくハグを交わせた。本当に困り果てて、通りすがりの藁にすがってきただけかもしれないが。
「アルマン、すまなかった」
嬉しかった。仲間に見捨てられたわけじゃなかった。
「宰相から、おとなしく城を出なければ、勇者の代わりにお前たちが5年の投獄だと脅された」
「あー、知ってる。なんでかは教えてくれなかった」
「ああ、おれ達にも教えてもらえなかった。それに、おれには結婚を約束した女がいた」
「ああ、知ってる。もう気にすんな」
「それで、ここへ帰ってみたら……子供まで生まれてた」
「ハア!? マジかよ! お前、いつの間にそこまで進んでやがった……っ」
派手に驚いてやった。謝罪ならもう聞いた。1回で充分だった。
ダレンは幸せそうに照れた笑顔で頭をかいた。
「へへっ。この町に戻って、おれも腰抜かしそうになったぜ。このおれが娘の父親だぜ? 今6歳だ。来月に洗礼祭だ」
「そ、っかあ……楽しみだな。他の連中は?」
ダレンは笑顔をおさめて、顔を振った。
「わからん。テレジアが一度戻ったはずの修道院があった町ビャッコルーが、去年〝屍鵺〟に食われた」
「ちょっ。おい、それって……テレジアはっ!?」
ダレンは目線を落とした。
「おれも一時期、人に頼んで探してもらったが……だめだった。あと、マグリッパの行方もわからない。まあ、あいつは元もと南部の生まれじゃなかったしな。あいつほどの魔術師なら他の国にでも雇ってもらえてるだろう」
どういうこった。俺は頭をかきむしり、顔をゆがめた。
「なあ、アルマン──」
「〝屍鵺〟は、いつくるんだ?」
「っ……たぶん、あと4日後だ」
「その根拠は」
「食われたふたつの町から逃げ出してきた住民を捕まえて聞いてみた。そしたら、教会に矢が刺さってたのに気づいて、7日前後で徘徊死霊がきたと証言している」
「ちょっと待て。そこ、あいまいでいいのかよ」
「仕方ないだろ。みんな事情もわからず、矢の不吉さと近隣集落の噂だけで町を飛び出してるんだ。だから7日とおれは見てる。どういう都合かは知らんが。だからあと4日だ」
俺は悲愴的な表情をするダレンの肩を叩いた。いい音をさせた。
「おい。ダレン。忘れたのか。こういう時は、〝十羽唐揚げ作戦〟だろっ?」
「はぁ? じっぱ……ああっ、あれかっ!?」
肩をさすりながら、ダレンは目と口を開いた。
「俺たちは魔王と出会った運命と戦った。だから諦めるな。最後まで」
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