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第4話 十羽唐揚げ作戦
「十羽唐揚げ作戦でいきましょう!」
いきなり言い出したテレジアに、3人は同時に小首をかしげた。
7年くらい前。
徘徊死霊の駆除を請け負って墓場まで来たが、数が多い。12、3体いた。連中は、音に集まってくる走音性がある。1体倒している間に、周辺の数体が交戦音に気づいて近寄ってくる。
マグリッパによれば、死体は目の角膜が乾き、腐乱が進むと虫に食われて目玉がなくなるそうだ。そのため、冥界よりよみがえった徘徊死霊は、視力よりも聴覚や骨から伝わる振動を頼りにする。らしい。
それを聞いたパーティ紅一点のテレジアが、先の作戦を言い出したわけだ。
「十羽の唐揚げで、どう戦えって?」
「ですから……から、あげですよ」
「言葉の切り方変えても、唐揚げだって。もうお腹すいたんですか。テレジア師」
俺はいつもの調子で茶化す。
「そ、そんなことありませんっ。まだ小腹ですっ。十羽唐揚げ……じゃありませんでしたっけ?」
「もしかして、十把ひと絡げって言いたいの?」
マグリッパが面倒くさそうに訂正した。
「そうです、それですっ」
(絶対食べ物と結びつけて覚えてたヤぁツ……)
冒険者テレジア。職業・治癒法師。
修道院で育ち、優秀な成績を認められて、教皇庁への神学士として推薦状を書いてもらい旅立った。──ものの、路銀を3日で食費に使い切ってしまい、やむなく冒険者になる。その後の紆余曲折の末、俺のパーティに入った。
彼女には食費がかさむとして、前2パーティから解雇される経験があった。
実際、俺も最初は、彼女には胃袋だけ牛みたいに4つあるのではないかと疑った。
テレジアは、小柄で痩せ型。その清浄なる信仰精神から紡ぎ出される治癒魔法や神聖魔法が、幾度となくパーティを助けた。
彼女は、修道院長から託された赤い宝石を埋め込んだ銀の十字架を沐浴の時でも外さないという敬虔なハーディア教信徒だ。
どうしてロザリオを沐浴の時でも外さないのを知っているかと言えば、俺たちは一度だけ彼女の水浴びを覗いたことがあるからだ。
俺らも健全な男である。
ただ、その時に彼女の背中に無数の折檻の古傷を見てしまった。おそらく空腹で盗み食いに仕置きされたのだろうことは想像に難くなかった。
それ以来、俺とダレンは彼女の服の下を安易に覗くのをやめた。
一方で、魔術師マグリッパだけは紳士たりえず、こっそり覗きに行こうとする。なので、やむを得ずその時間だけ簀巻きにしてテントの隅に転がっていてもらうことにした。
むっつり童貞の数少ない青春を邪魔して悪かったが、この頃にはもうテレジアのパーティ離脱は考えられなくなっていた。なので、パーティの調和秩序として処置した。
そして、〝十羽唐揚げ作戦〟とは──、
「あの徘徊死霊たちをロープのような物で一カ所に集めてください。そこに神聖魔法で迷える魂を浄化して差し上げます」
「いや、だからさ。そのロープをどうすっかなって、さっきから話し合っとるんでしょ?」
「すみません……」しゅんっとテレジアはうなだれた。
マグリッパがおとがいに拳を当てつつ、
「さっき、ここに来る途中に野ばら咲いてたよね。あれ、使えないかな」
俺は思わず手を打った。
「棘の蔓まで誘いこむか」
「そ。音でそこまで誘導して集めて、後はそれでヤツらをぐるぐる巻き。まさに十把ひと絡げにする。ってのはどう?」
「わたしもさっき、それを言おうと思ってたんですっ!」
はいはい。三人の男たちは生温かい微笑で応じると、作業に乗り出した。
§ § §
「はっはっ。しかしまた、お前と戦えるとはなっ!」
5年前の甲冑で、ダレンが破顔する。
俺は苦々しく吐き捨てた。
「感傷は後にしとけよ。……数が多い。200じゃねえな、こりゃ」
城壁から見渡す限り、ゆらりゆらりと歩いてくる死霊の行進は、生きている者達から正気を削っていく。
「ダレン。油壺の用意は?」
「ああ。できてるぞ」
「50って、お前……足りねえよっ」
俺は城壁に並べられた壺を数えて、言った。
「はっ?」
「足りねぇってんだ。アレを一カ所に集めても、この程度の油壺の数じゃ、駆逐できねえ」
「何言ってる、アルマン。3日かけて集めてきたんだぞ!?」
「日数なんか関係ねえ。何か、何かいい手はないか?」
「シーツはどうだ」
城壁の足下で、デイモンが壁に凭れたまま言った。
いつの間に帰ってきてたんだ。俺の怪しみをよそに、デイモンは言う。
「シーツに油を染みこませ、それを密集したヤツらにかぶせて火をつける。着火には矢をつかう。早く燃えて下の死体に燃え移りやすくなるだろう。それを、二段階」
「二段階?」ダレンが思わず足下に聞き返した。
「あの数の徘徊死霊たちを一度に囲うにはロープが短すぎる。だが誘導の道具にはなる。ここの壁外と、町の中で二段階に分けて迎撃しなければ、避難所の教会に到達される。いや、どうせ到達されて籠城戦にもつれ込むなら、数は減らせるだけ減らした方がいい」
「ああ。その通りだ」
城壁から飛び降りると、俺はデイモンを見た。顔や将校服、外套に泥や砂で汚れていた。獰猛な魔物と取っ組み合いをしてきたようだった。
「ひでぇナリだな。どこまで行ってきた」
「ちょっとそこまで、だ。……私は外を受け持とう」
「奇遇だな。俺もおたくが帰ってきたから、ちょっと外を出歩きたくなったところなんだ。──ダレン、ロープと馬は?」
「門のそばだ。ロープはそれぞれの馬の鞍につなげてある」
「おっし。了解だ。町中で油をぶっかけるヤツに言っとけよ。油壺にシーツや毛布を突っこめってな」
「わかった」
「あと、お前と、腕ききを5人ほど。女子供が避難してる地下蔵に行け」
「心配ない。そっちは義父が──町長がやってる」
俺は厳しい眼差しで顔を振った。
「だめだ。増員が必要だ。こういう数にモノを言わせてくる魔物相手にゃあ段取り通りに事が進まねえってことくらい、知ってんだろ?」
ダレンは悔しそうにうなだれた。
「お前は家族を護れ。それが冒険者でなくなったお前の役目だ。ここはなんとか、この元勇者様が凌ぎきってみせるさ。ダメでも俺を恨むなよ。ダタで請け負ってやるんだからさ」
「ばか。あとで酒くらい奢らせろっ」
ダレンは笑顔で拳を突き出すと、衛兵5人とともに町の中心にある教会へ向かった。
それを見送らず、俺たちは馬背にまたがった。
「言いたいことは言えたのか」
「……忘れちまった。あいつの顔見てたら、もういいかなって」
「そうか」
俺たちは荒野に向けてほぼ同時に馬の腹を蹴った。
戦いはすでに始まっている。数多の骸がゆっくりと闇を引きずって、静かに町に取りすがろうとしていた。
§ § §
ラスザークの町は城壁が低い。
町の外は拓けた荒野。人影がこの町に殺到してくる方角は、西と南。広範にわたった。
「足だっ! 死霊の足を刈るぞ!」
デイモンの声にあわせ、俺たちは汗だくになりながらロープを振った。
死霊たちが城壁へまっすぐ進行するのに対し、俺たちの騎馬は集団の脇腹を突くように横断を繰り返した。
2頭の馬の間で死霊たちが次々と旋回する太いロープに足を掬われ、あるいは鞭のごとく弾き飛ばされて転倒する。
その倒れる先は一点。群れの中央だった。
数は引きも切らさず増え続け、いくつかの群団となってやってくると逆にロープを掴んできたり、馬を襲うものも増えた。
そんな時は手綱を放し、馬上鉄槌で払いのける。
愚鈍に倒れ、折り重なっていく徘徊死霊の集積。そこへ鞍に下げた油壺から油を吸ったシーツを引き出し、髪や鎧が油まみれになるのも構わず広げて、かぶせた。
「やれーっ!」
俺の号令とともに、町の城壁から火矢の雨が降り注いだ。火はたちまち油を舐めつくして炎上した。
「撤収だ。アルマン、撤収しろっ!」
「看守。まだいけらぁっ!」
「だめだっ。油を吸ったロープが少し焦げた。これ以上は持たない。次に到着する群団でロープが切れたら、油まみれの我々は味方の邪魔になるだけだ」
「ちっ……ここまでかよっ」
退きぎわを説得されて、俺は馬を返す。自力で立ち上がろうとする死霊の頭部をロングメイスで粉砕し、城門を潜った。
「おい、馬とロープの交換だ。次も出るぞ!」
「アルマン。ちょっと話がある」
「あんっ。今、説教される気分じゃねえよっ」
「重要なことだ。たぶん……この徘徊死霊の元凶を見つけた」
「元凶? どういうことだ。犯人を見つけたって?」
興奮状態で若干思考が混線する。
デイモンはじっとこちらを見てくる。信じる信じないを伺っているのではない。決定権を委ねているのでもない。
自分には破壊できなかった。厳しい眼差しが真実だけを語っていた。
「その泥まみれは、まさかその元凶のせいだってのかよ」
「私は、そこを壊さねばこの町は消耗戦になると直感している。案内する。──ここの指揮官は誰か!」
「自分ですっ!」
衛兵の人が駆け寄ってきた。もう誰も、ふたりを獄卒と追放人とは見ていなかった。
「我々はこれより森に入り、死霊術の根源とみられる呪術装置を破壊する任務に向かう。
諸君は我々がでた後、城壁に沿って油を撒いて火をつけろ。その火を夜明けまでもたせるのだ。油がなければ薪で燃やせ。薪がなければ家屋を破壊しても燃料を造れ。立ちのぼる火の壁でもって低い城壁の新たな壁にするのだ。
そこを突っ切ってきた死霊にはメイスで応戦しろ。剣や槍が敵の骨や腐肉に捕らわれれば、後れをとるぞ。メイスがなければ、袋にレンガをつめたもので殴れ。ヤツらの肉を切るな、骨を砕け。
死霊1体に対して、兵は3人以上で当たれ。あとは当初の予定通り、落ち着いてやれば朝まで持たせられる。諸君の健闘を祈る」
おおおっ。衛兵たちがみずからを鼓舞するように雄叫びをあげた。
2頭の馬は夜深まる中、すでに月明かりすら届かぬ西の森へと向かっていった。
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