プロローグ

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プロローグ

「きみには気の毒だが、牢屋に入ってもらうよ」  男に見覚えがあった。国王のそばで宰相ウラジミールと名乗ったはずだ。  二日酔いで割れそうな頭で、縛られている理由を考える。 「俺、何かやっちゃいましたっけ?」  2秒で、考えることをやめる。訊いた方が早い。 「魔王を(たお)したね。国王様との謁見をすませ、歓待の宴で、よくもまあ高い酒ばかりを4人がかりで350本も飲まれて、割と財政上の損失になったよ」 「それで、牢屋っすか?」 「今、言ったろう。歓待の宴だ。勇者アルマン一行が、魔王を斃した。その程度の損失は負う価値はあった」 「じゃあ、これ。なに?」 「だから気の毒だが、と言った」 「ええ、聞きましたよ。だからなんでっ」  ウラジミールは少し考える素振りをして、 「きみが魔王を斃したからだろうね」 「会話の流れとして、この結末はおかしいだろっ」 「きみら庶民から見ればおかしいだろうが、我々からするとごく自然な流れなんだよ。魔王を殺した勇者は、5年の間、監獄に入ってもらう。その後、この国を出てもらう」 「ご、5年っ!? それに国外追放って……なんだよ、その仕打ちはっ!? それじゃあまるで罪人じゃねえかっ」 「安心したまえ。国王陛下から下賜された金貨1000枚については、そのまま受領してもらって構わんよ。もちろん非課税だ。出所後は何かと物入りだろうからね」 「ほ、他の仲間はあいつらも­──」 「あれは、予備だ」 「はっ?」 「きみが入牢を拒んだ時、また入牢中に5年経たずに死亡、または逃亡した場合、彼らのうちの一人に、ここへ入ってもらう。それも5年だ」 「んなっ、バカな……ふざけんなっ!」 「ふざける? 逆だよ。私はまじめだ。酔ってもいない。覚悟を決めたまえ、〝帝鉄のアルマン〟くん」 「そのダッセー名前やめろっ。あれは酒の席での戯れ言なんだから忘れてもらえますぅっ!?」  ウラジミールは、3畳半の部屋を出て行こうとする。衛兵が縛った縄を掴んで、アルマンを立たせた。 「待てよ。最後にひとつだけ聞かせてくれ。どうせ、あんたと会えるのはこれが最後だろう」 「ん? なにかな」  アルマンは酒とは別の吐き気を覚えながら、言った。 「俺は、俺たちは、魔王ガンスリンガーを斃しちゃあ、マズかったのか?」  ウラジミールは、少し考えて酷薄な目で微笑んだ。 「いいやぁ。マズかったら、国王との謁見はもちろん、税金で宴などするものか。この国のため、よくやってくれた。勇者よ。そして、さようなら」  縄がほどかれると衛兵も出て、鉄の扉がきしみをあげて閉ざされた。  覗き窓にはもう、宰相の背中も見えなくなっていた。 「ちくしょう、畜生ッ!」  ふらつく頭で鉄扉を殴ろうとし、だが直前で思い留まった。  鉄扉の内面がすでにボコボコだった。無数のへこみと、乾きこびりついた血糊(ちのり)で鉄扉は波打っていた。 「……マジかよぉっ」  ──それから、5年後 「元勇者アルマン。でろ。出所だ」  呼びに来たのは、顔なじみの看守ではなかった。  制服もまだ板についてない、若造だ。〝鬼〟になろうと精いっぱい虚勢を張って顔を厳めしくしているのが、むしろ初々(ういうい)しい。 「なあ、いつものあいつは?」 「ぞんざいな口を叩くなっ。デイモン看守長は今、監獄所長とお話し中だ」 「あっそ」  俺はわざと千枚袋をブンッと若造の鼻先に振り回して肩に引っかけた。   「俺の他の荷物は?」 「この……っ。通用門で受け取れ!」 「あいよ。……なあ。ところでさ。あんた知ってる?」 「はっ?」 「俺。何年したら、この国にまた戻ってきていいわけ?」 「何を言っているのかわからんな。さ、早く行け!」  へいへいっと。
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