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第2話
「小塚のおじさん、コレ好きでしょ?」
やって来たのは隣に住む親子の娘・希里亜で、大きなタッパを手にしていた。
希里亜達は、つい数日前にここへ越して来たばかりで、引っ越しの挨拶にやって来たのは、母親の矢吹と小学一年生の娘・希里亜の二人だけだった。
希里亜が手にしたタッパには、肉じゃがらしきものがびっしりと詰まっている。
「希里亜ちゃん、よく知ってるね?」
「男の人って、たいてい肉じゃが好きでしょ?」
まだ子供だというのに、希里亜は大人びたことを口にした。
確かに、私は肉じゃがが大好物だ。
笑顔でそれを受取ると、慌てるように母親の矢吹もやって来た。
「もう、希里亜ったら。一緒に行こうって言ってたのに、先に行っちゃうんだから……」
「矢吹さん、わざわざすみません。肉じゃが、ありがとうございます」
私は、受け取ったばかりのタッパを掲げた。
「いいえ、ちょっと作り過ぎちゃって……。あの、ご迷惑じゃなかったですか?」
「迷惑だなんてとんでもない。一人暮らしなので、とてもありがたいです。それに、肉じゃがは私の大好物でして……」
実際、自炊しているとはいえ、いつも簡単に済ませていたせいか、このような手の込んだ料理は本当に嬉しかった。
母親の矢吹は、肌の白さと切れ長の目が印象的で物腰もやわらかく、三十代半ばだろうか、まさに和風美人といったところだ。
引っ越しの挨拶をしに来た時は化粧っけもなかったが、今日は化粧をしているように見える。
「よかったです、そう言ってもらえて。お口に合うかどうか分かりませんが」
「いえ、とても美味しそうですよ」
矢吹のちょっとした仕草に色香が漂うと、思わずドキッとさせられる。
「希里亜も手伝ったんだよ」
「そうなのかい? えらいね。さては将来、料亭でも開くつもりかな?」
脇に抱えていたヌイグルミを胸の前で大事そうに抱え直した希里亜は、クリンとした大きな瞳で可愛らしい愛嬌のある顔をしているが、母親とは似ていない。
おそらく父親に似たのだろう。
だが、その父親を私はまだ一度も見ていない。
矢吹親子が帰っていったあと、私は閉まるドアを見つめた。
「……ウサギ、か」
希里亜が抱いていたのは、少々くたびれたウサギのヌイグルミで、それを見て思い出したのは死んだ妻だった。
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