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第3話
妻にせがまれ、私達はウサギを飼い始めた。
しかし、それからまもなくしてウサギは死んでしまった。
かわいそうなウサギと失意の底にいた妻の姿が、もう何年も前のことなのに、まるで昨日のように思い出される。
私は、肉じゃがの詰まったタッパを妻の写真立ての前に置いた。
「都和、お隣さんが肉じゃがを作ってくれたよ」
妻が残したものは遺骨も含め、すべて妻の両親が引き取っていた。
いくら事故とはいえ、妻の両親は今でも私を許していないだろう。
私に残されたのはこの写真一枚で、これが遺影代わりだった。
写真に手を合わせ、居間のテーブルで肉じゃがを口にすると久しぶりの味に、なんだか懐かしさが込み上げてくる。
妻が心身ともに健康だった時は、よくこれを作ってくれたが、その味によく似ていた。
一口、また一口と口に運ぶたびに、頬に涙が伝ってくる。
私は、一生このまま一人で生きていく。
なぜなら、私には幸せになる資格がないからだ。
数日後の朝、仕事に向かおうとアパートを出た時、ふと隣の部屋へ目を向けると、そこにあるものに目を見張った。
出窓に置かれていたのは、真っ赤な花が咲いた鉢植えだった。
お盆を過ぎても残暑は厳しく、照り返しの暑さの中、立ち止まってそれを見つめていると、矢吹母娘がやって来た。
「小塚のおじさん、おはよう」
「おはようございます」
ランドセルを背負った希里亜と、これから仕事に向かう矢吹は挨拶をしてきたが、私は挨拶を返すのも忘れていた。
「あの、すみません。あの花は……」
「あぁ、サルビアです。今まで全然咲いてくれなかったんですが、ここに越してきてから、ようやく咲いてくれたんです」
「そ、そうですか……」
窓の向こうで真っ赤に咲きほこるサルビアに、割れた鉢植えと床に広がる血だまりがよみがえってくる。
妻が大事に育てていた花も……サルビアだった。
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