第4話

1/1
前へ
/53ページ
次へ

第4話

「矢吹さん、サルビアがお好きなんですか?」 「いえ、たまたまホームセンターで種を見付けたもので……」  たまたま……か。 「おじさん、サルビアの本当の名前、知ってる?」 「あ、あぁ。えっと……なんだったかな」  私が思い出そうとしているのを希里亜は待てなかったのか、すぐにその名を口にした。 「ヒゴロモソウ、だよ」  そうだ、緋衣草(ひごろもそう)だ。  サルビアが好きだった妻は、和名の緋衣草という名を気に入り、真っ赤なサルビアにふさわしい響きだと言って、いつもそう呼んでいた。 「希里亜ちゃん、よく知ってるね?」  希里亜は、得意げな顔をしている。 「それじゃ、花言葉は知ってる?」  私は、それも妻から聞いて知っていたはずだ。  確かサルビアの花言葉は……『家族愛』。  サルビアには様々な色があり、その色によって花言葉が変わるとも妻は言っていた。  それを思い出そうとしていると、またもや希里亜は私の答えを待てなかったようだ。 「花言葉はね、『家族愛』だよ。赤いのはね、『燃える思い』なんだって」 「希里亜ちゃんは、ずいぶんと物知りだね」 「図鑑で見たの」  希里亜は時々、大人顔負けのことを口にするが、最近の子供は皆、こんな感じなのだろうか?  私には子供がいないせいか、その辺のところはよく分からない。 「小塚さんは、これからお仕事ですか?」 「はい。警備の仕事なので、その日によって時間はバラバラですが……」 「なんだか頼もしいわ。ウチはこの子と二人なので、何かあったらお願いしますね」  どおりで父親の姿が見えないわけだ。  矢吹は離婚したのか、はたまた未婚の母だったのだろうか?  矢吹母娘と別れてバスに乗った私は、一人考え込んでいた。  あの……赤いサルビア。  それに、希里亜が学校から帰ってくると、いつも大事そうに抱えているウサギのヌイグルミ。  ただの……偶然だろうか?  サルビアといい、ウサギといい、どちらも妻を思い出させるものだった。
/53ページ

最初のコメントを投稿しよう!

32人が本棚に入れています
本棚に追加