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「おはようございます。よく眠れました?」 「高久先生。おはようございます。久々に寝られましたよ」 「それは良かった。今日は朝から田辺さんの検査がいくつか入っています。容体は安定してきましたが、輸血はまだまだ必要でしょう。赤十字にはもうオーダーしておきました」 「それじゃあ輸血を開始するのは午後ですね。これまでの輸血はどのくらいやりました?」 「えっと確か」  高久は宙を眺めた。頭の中で計算しているのだ。電子カルテを見返したらいいのだが、記憶力は院内でも抜群に高いことで知られている。 「赤いパックが十二単位で、黄色いパックが十単位です」 「赤血球と血小板で、そんなにですか。結構な量だな」 「最初に運ばれてきたときは瀕死スレスレでしたからね。緊急搬送で運ばれてくる途中で死んでもおかしくなかった。バイク事故に巻き込まれて複雑骨折だけでなく、まともに両腕も動かすことができない上に肺呼吸もやられて自力では未だ息することも難しいですから。輸血は、数日に分けて行いましたが重症患者ですよ」 「聞いてるだけで痛い話ですな。担当してどれくらい経ちました?」 「半年くらいですかね」 「治療に熱心なのも大事ですけど、ほどほどに休んでくださいね。高久先生、最近休みはいつ取りました?」 「僕は去年からまともに取れてないです。土日勤務、空いても強制的にセミナー参加、緊急で呼び出しもありますから。その内、医者も倒れて患者を診るのはAIになるかもしれませんね」 「そういや昨日スポーツショップのウェブサイトをたまたま見ていたとき、話しかけられたAIにチャットでやり取りしましたよ。二つの鞄があってAIが作り出したキャラクターに持たせていました。世の中が出掛けられなくなった感染下にオープンしたサイトで、かなり売り上げを伸ばしたみたいですけどね。小売でAIが働けるなら病院だってあり得なくはないでしょうな」 「そうなったら僕はやっと長期休暇を取れそうな話ですね。早くきて欲しいもんだ。そうだ、本題の話になりますが」  高久は咳払いをした。  一歩を踏み出して口を開いた。 「それで、どうしますか。ちょっと難しいオペになりますが、ご検討いただけました?」  高久は手にした書類をテーブル上に置いた。  同意書だ。リスクを承知の上でサインしなけらばならない。 「受けましょう。あと少しだけでも生きられる望みを持てるのなら」  電子音と共に吐き出した音声に、高久はホッとしたのか顔を綻ばした。目線だけを動かして並んだ文字を追いかけて選択し、最新式のパソコンに言葉を打ちこんだ。 『 俺は諦めたくないです。鞄も買いました。外へ出掛けられるようになりたい 』 「がんばって治していきましょう。田辺さん」 了。
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