プロローグ:さすらいの巫女

2/9
前へ
/290ページ
次へ
「当主様、お待ちください! 今日は、今日こそは!」 「責務を! 当主としての責務をお果たしくださいませ!」 「えぇい! 神託が下った今、尚更ここにいられぬ! わっちは行かねばならぬのじゃ!」  どたどたと、慌ただしく武家屋敷の縁側を走る数名の女たち。汗水垂らしながらも、息を切らせず走り続ける彼女たちの先に、美麗な巫女服をはためかせ、縁側を全力疾走する少女が淡く光る薙刀(なぎなた)を振り回しながら逃げ惑う。  事情は分からないまでも追いかけっこをしていることだけは分かる。しかし、その情景よりも目につくのは、彼女たちの様相が特異なことであった。  追いかける巫女たちも追いかけられている巫女も、皆同じ顔、同じ服装、同じ体躯をしている。それらの要素に寸分の違いはない。まるでクローン技術で造られたのではないかと思わせられるほど同一である。 「くッ、爺!! そなたまでわっちを阻むと申すか!!」  誰もそんな異常な状況に疑問に思っていないのが不思議だが、次の瞬間、左側の通りから毛色の違う何者かが、数名の巫女たちを連れてきて現れる。少女は思わず、足を止めた。 「当然じゃ。溜まりに溜まった責務、此度果たさずしていつ果たす?」  逃げ惑う巫女の進行方向を妨害するように現れた、漆黒の道着を身に纏う老人。数名の巫女を背後に控え、彼女の逃げ道を完全に塞ぐ。  漆黒の道着を着こなす老人は、あらゆる生物を殺さんとするほどの熱い視線で巫女を射抜く。同時に、老人の身体全体から滲み出る漆黒のオーラが周囲の空気を蝕み、自然に吹き抜ける風の音すら躊躇なく掻き消していく。
/290ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加