2011年 古瀬敦

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 製作期間は二年ほどであった。それも夏の夜の限定された時間ともなれば、ペースは速い方だ。  その作品は、発表や出展の予定はなかった。私は一度だけ彼女に訊ねた。その絵は何のために描いているのかと。  彼女は天使のような笑みを浮かべ答えた。 「その答えは、絵の中にあるわ」 「絵の中に?」  私は三分の二、完成している星降る夜を眺めた。見ても、私にはまったくわからなかった。彼女の描いた絵はゴッホの星降る夜とはタッチがいっしょだが、背景などは違っていた。  また、彼女の描いた星空は点と線が交互に描かれ、一度、その線は流れ星かと訊いた。  彼女はそれについては何も言及しなかった。私はそのときは勝手に流れ星だと自己解釈をしていた。  しかし、現在、その点と線の描写こそ、彼女が言った答えだった。そのことに気づくのに私は三年も要した。  現在は、星降る夜は焼失し、幻の作品になったが、出展する作品ではないので、許可してくれた。  答えは星空に描かれたモールス信号の符号だった。  モールス信号を符号化したものが点と線であり、アルファベットによって点と線の組み合わせがある。例えば、少ない点はアルファベットの中で一番使用する頻度が高いEとなる。  その解読に成功した私は、その答えを知ったとき、悲しみと自身への怒りに我を忘れそうになった。  私が彼女を殺した。私は彼女の分まで十字架を背負うつもりだ。 「裏切らないで」とアルファベットで記されていた。  絵の中にメッセージを込めるなんて、真悠らしい。そういうところが私は好きだったのだ。
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