2015年 畑山初

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 私は古瀬敦のフリップ写真を手の甲で叩いた。これで私の好感度は急降下だな。古瀬を非難することで、世の中の奥様連中を敵に回したのだから。 「古瀬敦は、雑誌の対談の中で、こんなことを言ってます。僕の触れるものは大概、金になるんですって。この言葉はギリシャ神話に登場するミダス王の言葉です。つまり、これって学園ぐるみで実行している裏金作りのことを指しているんじゃないでしょうか」  コメンテーターが口を挟む。 「そうですねえ。こういう男が話すと、本当に思い上がっているというか、神になったとでも錯覚しているように思います。婚約者も気の毒です」  私はそう締めくくった。  その朝、管理人は高熱を出し、寝込んでしまった。体温計で熱を測ると、三十八度であった。昨夜から喉がいがらっぽく、空咳を何度かしていた。  ここ十年ほど風邪を引いたことがなかっただけに、体力の衰えを感じずにはいられなかった。  管理人は一人、ベッドの上で横になっていた。妻は友人と九州へ旅行中だ。ご飯も冷蔵庫の中のありあわせのものを工夫して食べるしかない。妻の留守中に風邪を引くなんて、まったくツイてない。  それにしても、ここ数日は管理人はマスコミ関係者に追い回されて、質問攻めに遭っていた。同じことを何度も訊かれ、うんざりしていた。それに加え、例年より気温が低かったせいか、油断して風邪を引いてしまった。  ここはテレビもラジオもないので、本当に静かだ。しかし、スキーシーズンということもあって、山荘を訪れる家族や若者が多く、昼間は彼らのはしゃぐ声が聞こえる。  管理人は、事務所から一キロほど離れた公民館のテレビで情報はチェックしていた。どうやら、古瀬の山荘の火事は、被疑者死亡のまま、終結しようとしていた。  それにしても、あの男が勝手に死んでくれたおかげで、管理人は火の粉を被ることはなかった。思わぬ僥倖に管理人は時々、笑みをこぼしそうになる。  でも、悪いのはあの女だ。殺意はなかった。あの女が警察に何もかも告げると喚いたからだ。あの女の正義感が自らにとどめを刺したのだ。だから、悪いのはあの女だ。  管理人にはギャンブルで作った借金があった。街金融からの借金は日に日に雪だるま式に膨らみ、首が回らなくなった。  古瀬は金持ちだから、山荘に高価な物や、美術品があると踏んだ。少しくらい盗んでも、古瀬は盗難届を出さないはずだ。なぜなら、それらの物品は、裏金で賄っていたからだ。  足がつくようなことはしないという計算は働いていた。  管理人を苦しませている借金の返済のためにも、悪事に手を染めるしかなかった。決心は早かった。  事件当日、管理人は合い鍵を使って、古瀬の山荘に侵入した。その日はオフシーズンということもあって、訪問者は誰もいない。安心して金目のものを物色できる。  外が薄暗くなってきてから、管理人は行動を開始した。
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