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もちろん、古瀬の山荘には誰もいなかった。リビングルームはきれいに整頓されていた。
管理人は懐中電灯片手に物色を始めたが、金庫はおろか、高価な美術品すら見当たらなかった。
壁に一枚の絵がかかっていることに気づいた。管理人は懐中電灯を向ける。薄光の中にその絵が姿を現した。
星空だろうか?テラスには後ろ姿の女性の姿。星空も、まったく統一性がない。点と線が乱雑に、空に描かれている。
管理人は当初の目的を忘れ、しばし、絵に見惚れてしまった。
額縁に入ったその絵は、恐らく芝崎真悠が描いたものだろう。アマチュアが描いた絵なので、値がつくかどうかは微妙だった。
タイトルは星降る夜だった。ゴッホの星降る夜のオマージュとしての作品だろうか?自分に才能があると勘違いしているのか?
古瀬といい、彼女といい、自身を過大評価するところが気に食わない。
それにしても、この絵に値が張るとは思えない。しかし、管理人はその絵の前から離れることができなかった。
カンバスの空に浮かぶ星の数々。それは何かの文字のように見えた。ああ、思い出した。モールス信号の符号だ。
管理人は以前、陸上自衛隊に所属していた。そのとき、講義でモールス信号を習った記憶がある。
昔の記憶を引っ張り出し、左から順に解読しだした。
「裏切らないで」
アルファベットでそう書かれていた。マリッジブルーにでもかかっていたのか?
ふと、管理人は我に返った。いかん。本来の目的を忘れるところだった。
管理人が再び、リビングに移動しようとしたとき、突然、玄関のドアが解錠された。そして、管理人は芝崎真悠と鉢合わせになった。
管理人は咄嗟に彼女をリビングまで連れ込み、理由を話そうとしたが、彼女は聞く耳を持たなかった。明日、警察に行って、住居不法侵入をされたと告げると言った。
管理人は頭が真っ白になった。気が付くと、管理人は彼女の首を絞めていた。彼女はぐったりして動かなくなった。
人を殺してしまった。最早、取り返しがつかなかった。どうすればいい。管理人はパニックに陥った。
そうだ。燃やしてしまえばいい。管理人は咄嗟に思った。山荘が燃えてしまえば、証拠は跡形もなく消える。
管理人は外が完全に暗くなる前に風呂釜に火をつけようと考えた。外に出る前に管理人は壁にかかった星降る夜の中のメッセージが気になって立ち止まる。
許してくれと、管理人は心の中で謝り続けながら、外に出た。
外は懐中電灯の明かりがなければ、見えないほど暗くなっていた。管理人は頭の中にある配置を思い浮かべ、浴室に回った。
どこかの樹に止まっていたカラスが啼いた。それを合図に管理人は風呂釜に火を放った。
END
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