一匹の狼

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一匹の狼

スラムに住んでいたマンタは、今現在何を思う——? ーーーーーー 一匹の狼は何を思う 夜の暗闇の月明り 一匹の狼は何を見る 夜風に当たり空を仰ぐ 一匹の狼は何を願う 大切な人の幸せを 少し遠くの方から微かに聞こえる女の歌声の様な調べを一人の少年は夜空を仰ぐように聞いていた。 (オオカミ………?) 野犬は見た事はあるけど、狼なんて聞いた事がない。 だけど何故か聞きいってしまっていた6歳ほど銀髪の褐色肌の少年は、細い路地で寝転がっていた。 大通りとは反対に汚い路地裏——…その先に行けば、一般じゃ誰も近づかないスラムが広がっている。 身体を滑らせる様にふらりと身体を起こすして座ると口から血痰を吐き出した。 「……あのやろ、思いきりやりやがった…」 アバラの痛みに耐えながら反省をする。 今日は失敗した。隙を付いてモノを盗むのに失敗した。 付き従うフリをして金目が手に入って目をくらます——…それが失敗して転がされて、このざまだ。 新しく見つけたズボンすら、破けてもうオンボロ。命が助かっただけ有難いと言える。 子供は顔が全員似てるから騙せると思ったのだが、やはり大人の方がズル汚い。 ぼこぼこに蹴られて気絶するまで殴られて、気が付いたら寒い風に晒された夜中だった。 「………一匹の……オオカミは……何を、おもう…」 何て自由がある狼の歌なんだろう。 それなのに寂しそうに聞こえるのが不思議な歌。 口の中でゴリ…と音がして吐いてみれば、それは歯が抜けていた。 「……また生える、かな…?」 分からないけど、生きてるだけでも設けもんだ。 『ぐー…』となる腹の虫を聞きながら、起きない身体を引きずっていく。 今日は飯もありつけない——…“アイツ”は上手くやったかも心配だ。 そんな事を考えながらフラフラと明かりの無い路地を手探りで進む。 「——…大切な人の…幸せ…を…」 大事な人ってなんだろう。どんな人を指すんだろう。 そんな事を考えながら何度も口づさ見ながら歩いていると、聞きなれた声が耳に届いた。 「お前にしては珍しい歌を歌ってんじゃんか!マンタ」 「……ボルカ……お前に関係ない……」 「それに随分と、ボロボロだな!失敗したんだろ」 建物の上から器用に降りてくると、戦利品を地面の広げて見せた。 「………おい、食いもんは?」 「…あんだろ、ほら」 そこに転がっていたのは、リンゴのかけら、バナナの端——…ほかにもあったがそんなものだった。 「…………」 「お前こそ何もないんだろ?」 「………あと少しで、バレた…」 「詰めが甘いなぁ…これだからチビ——」 「身長は関係ねーよ!!…飯も探せないカスがッッ」 そんないつもの口論は、残りの体力を削る喧嘩を交えて行われれば、二人は地面に寝転がって空を見上げていた。 こんなに辛い生活も夜空だけはいつも同じで、輝いている——…そんな時不意にボルカがマンタに質問した。 「…さっき、何歌ってたんだよ」 「知らない……建物から、聴こえて来た……」 夜空を見上げながら考えると、今度はマンタが質問した。 「なあ…“大切な人”ってなんだ?」 「大切な人だ??」 二人は空を見上げて考えた。 大切ってどういう意味なんだろうかと——…ボルカを指を折りながら答えていく。 「大切って、飯だろ…あと寝床……金目の物とか…」 「……人も“大切”に入るのか?」 「…分からね。…もしかしたら“金持ってる”奴じゃね?」 「………そっか…それなら大切にされそうだよな」 「てか、大切って人に使うのか?……大切にしたい人間なんか見た事ねぇよ」 知らないことを考えながら“大切”ついて語り合う。 ****** *** ——数年後 美しい鼻歌が聞こえてくる。 本拠地の廊下を歩いていたマンタは、目を丸くして足を止めた。 「……鬼龍。それは…?」 「ん?…この童謡知ってるのか?」 緑色の美しいドレッド髪をたなびかせながら、愛らしい笑顔で微笑んだ。 可愛い歌だよな——と呟けば、すべッとした唇からまた歌を歌いだす。 いつのころか忘れたけど、一度だけ聞いた事がある歌——…自由で寂しくて、でも何処か引き付けられる歌。 鬼龍はマンタの手を引きながら、鼻歌で何度も歌ってくれる。 そんな時、彼から驚く言葉が飛んできた。 「この歌、マンタみたいだよな」 「……俺だと?」 そんなに寂しそうに見えただろうか。 それとも自由にでも映るんだろうか——…自分としては鬼龍と共にありたい為に“大切な人”を願うだけの人生はまっぴらなのだが……と、考える本人とは裏腹に愛らしい顔が覗いてくると、クスクス…と笑われてしまった。 「この歌はな——」 美しい声が廊下を包みだす。 一匹の狼は何を思う 夜の暗闇の月明り 一匹の狼は何を見る 夜風に当たり空を仰ぐ 一匹の狼は何を願う 大切な人の幸せを そう、マンタが知る歌だ。 苦い思いでもよみがえりそうになる中、鬼龍の歌は終わらなかった。 「一匹の——」 「……!」 「一匹の狼は青空の中 大切な人の隣へと」 続きがあったのだ。 最後の言葉を耳にしてマンタは何とも言えない気持ちになった。 「………俺みたいか?」 「ああ、お前みたいだよ」 そう言いながら近づいてきた唇が優しく重なると、少し長いキスをした。 「夜空の明かりに照らされて生活した中、空を仰いだ先に“俺”を見つけてくれた。……大切な大切な俺のマンタ——…お前は俺の隣で幸せか?」 優しく包んでくれる腕の中——……手に持ってる書類を落としてしまいながらも、大事な宝物を包む様に抱きしめた。 「——…幸せだ。……幸せだ………凄く凄く君が大切だ…」 「ほらな、お前みたいんだろ狼は…」 目が離せないほどの微笑みを感じながら、マンタは大切さを噛みしめると滅多に見せない笑い方を鬼龍に見せてあげるのだ。 「は、はは…君は本当に……ズルいな。……敵わない、な…」 まるで年相応な、ハニカんだ微笑みを浮かべるイケメンの姿に鬼龍も頬を赤らめれば、悔しそうにマンタの胸元に顔を埋めた。 「………ッッ……お前こそ、その笑顔は……ずる、い…だろッ」 「な、何の話だ…ッ」 大好きな胸板をグリグリしながら顔を上げて頬を膨らませる。 「……この、イケメンめ…」 「………ッッ」 愛らしい姿に悶絶する中、二人は幸せを噛みしめるのだった。 一匹の狼は一人じゃない もう寂しくない二匹に幸があらん事を—— 【一匹の狼 :完】
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