戦いの新風

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 屋上のルリエが無事かはわからない。ノゾミはいつになく苛烈に剣を振り下ろし、その気迫と力が乗る一撃を棒でバルテットは防ぐものの、握る手の痺れに舌打ちする。 (流石に何度も受けられねぇな……こいつ、本当に何なんだ?)  一旦距離を取りつつもバルテットは階段へノゾミを行かせぬように陣取り、荒ぶる彼の殺意と強さに異様さを感じ始めていた。    単純な力だけではないのもの、使命だとか愛とか子供のような感情。少なくともそうしたものがあろうと叩き潰してきたが、ノゾミはそれともまた異なる。  英雄の名を得ただけの事はあると再認識させられつつも、バルテットは自分が優位な点としてルリエの存在はちゃんと認識していた。何が何でも歌姫の元へと馳せ参じようとする、ならばその隙ができるのを虎視眈々と待てばいい。  そしてバルテットの思惑通りノゾミの思考はルリエの存在で支配されていた。一人彼女を行かせたこと、彼女を危険に晒すこと、脳裏に守れなかった存在が浮かぶ。 (ルリエ様……すぐ、行きますから……!)  再度地を蹴ったノゾミに合わせバルテットも前に出ると振られる武器に合わせて振り返し、鍔迫り合いを展開しては弾き、弾かれ、一打ごとに音が大きく響く程に戦いを加熱させていく。  そんなノゾミの思考を支配する存在。ルリエは白煙の中で自分に刺さる刃を抜き捨て舌打ちをする。  血が流れ出ている、ずきずきと刺すような痛みと脈拍が重なる。魔物相手にもこれ程傷を負う事はなかったと思いつつも、息を深く吐いて冷静さを保ち続けた。  以前、ノゾミに言われた事を思い出す。ルリエ様は対人戦の経験が少ないと、確かにそれは認めなくてはならない事、魔物以上に狡猾で傲慢で欲深い人間相手がいかに大変なのかと改めて思い知る。 「流石は麗しき歌姫様、大仕掛けがないとすぐには終わりませんね。ですがその美しい肢体を傷めつけるのは気が進みません……そろそろ幕引きと行きましょうか!」  煙に反響するジェスターの声、ルリエは足下に注意をしつつ煙の中を走り出し、その先にいたジェスター目掛け縦一閃に剣を振るう。  強襲気味に繰り出された剣は不意をつくが、ジェスターもまた即応し懐より取り出す銀の扇を開き、剣を防ぎ止めて鍔迫り合いへ持ち込む。 「その勇ましさは見事……流石に僕も貴女の剣技には負けますね……!」  賛美の言葉など知った事かと言わんばかりにルリエは剣を振り抜いてジェスターを屋上のヘリへ追いやり、柄頭に片手を当てて全力の突きを繰り出されたルリエの剣が彼の胸を刺し貫く。  が、その手応えに違和感を覚えたルリエは貫いたそれが服を着た藁の人形と気づき、すぐに剣を抜こうとするがゆらりと背後より迫るジェスターの気配を察知。  咄嗟に人形を足で抑えながら剣を引き抜くが、体勢が整わぬ所に突き出される扇を防いでしまう。  鍔部分で受けた衝撃で力が緩んだルリエの手から剣が離れ、外側へ落ちて行きルリエ目を見開きながら手を伸ばすも屋上から地上へ、そして地に突き立った。  
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