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落ちてきた剣の存在にノゾミの注意が逸れ、刹那、真っ直ぐに振り下ろされたバルテットの一撃が脳天を貫く。
(反射的に防ぎやがったか……)
舌打ちしたバルテットは反射的に防御したノゾミが大きく仰け反り、額から大量の血を流し滴らせながらもまだ目に闘志を秘め、そして剣を構えた事にはやや驚く。
「歌姫の方もそろそろ終わるみたいだな、てめぇも防御したとはいえ頭がイカれてきただろ」
ニヤリと笑ったバルテットの言葉通り、強烈な一撃でノゾミは目の前が歪み意識を失いかけていた。
が、ルリエの危機というのだけはわかり、その思いだけで剣を構え続け、鬼気迫る形相にバルテットの腕も微かに震え始める。
(この感じ……ヤベェな)
武者震い、と思いたいがこれは危機察知だとバルテットは汗を浮かべながら悟った。
今ここでノゾミと戦うのは自分の命に関わる、足が少し引いた刹那、ノゾミが今までより早く踏み込み咄嗟に棒で剣を受けるも両断され、切っ先が身体を切りつけ鮮血が飛ぶ。
(こいつっ……!)
だが少し下がっていた事が功を奏したか、致命傷は避けられすぐにノゾミを蹴り飛ばし反撃。
力なくノゾミは飛ばされ身体を打ちつけるが闘志は衰えておらず、すぐに立ち上がろうとし、流石のバルテットも戦慄せずにいられなくなる。
「とっとと歌姫を殺りなジェスター! オレ様はずらかるぞ!」
状況的に任務は果たせると判断したバルテットはその場にジェスターを残して走り去り、ノゾミは剣を消しながらその場に倒れ目に映るルリエの剣の方へ手を伸ばす。
「ルリエ、さま……!」
目の前が歪み平衡感覚が取れないが、それでもノゾミは身体を動かし這ってでもルリエの元へと馳せ参じようとする。
そのルリエはジェスターの開いた扇が刃を開いて喉元に突きつけられ、絶対絶命の危機に陥っていた。だが、それ以上にルリエの鼓動は大きく速くなり、身体が少しずつ震えながら俯き始める。
(私の剣……私の、力が……)
「さぁこれにて青き歌姫様の物語に幕を閉じます! ご遺体は美しく着飾り葬って差し上げるのでご安心ください」
高らかに死亡宣告を下すジェスターの声などルリエには聴こえてはいなかった。それ以上に剣が手元にないこと、その事で頭の中は満たされ身体が完全に動かなくなっていた。
そんなルリエの様子を死を覚悟したものとジェスターは感じ入り、不敵に微笑むと扇を持つ手を引いて一瞬で命を奪って見せようと構えた。
「では、さようなら!」
刹那、空を切った飛矢がジェスターの扇を刺し貫いて弾き落とし、自分の手を見てから視線をルリエ側へ戻すと、通りを挟み反対側にある建物の屋根に立って弓を引き、既に狙いを定めているアルトの姿が映り直後に放たれた矢を避ける為に後ろに飛び退いた。
「マリィ! 歌姫様を!」
建物の壁面の僅かな凹凸を握力と脚力で駆け上がってきたのはアルトの愛竜マリィ。
クチバシに生える短く鋭い歯と襟巻きを広げて唸ってジェスターを威嚇すると、ルリエの前に来て乗るように促し、何も考えられなくなっていたものの何とかルリエは乗ってマリィが一気に壁を駆け下り、救出に成功する。
「くっ……あの距離からこうも正確に……!」
悔しさを滲ませたジェスターだったが既にアルトが第三の矢を放っており、それが仮面の額に直撃して後ろに転倒し仮面にヒビを入れ身体を打ちつける。
やむを得ずそのまましゃがみ、これ以上は舞台を進められらないと悔しさを覗かせた。
「い、いいだろう! 今日は花を持たせてやるとして、次回のジェスター・ジョーカーの舞台に慄くがいい! これにて閉幕!」
聴く者など誰もいないがジェスターは自らの舞台を閉幕として逃走し、敵の気配が消えたのを感じたアルトもまた矢筒から手を離して弓を畳んで背負い、建物から降りると剣をすぐに拾って抱き締めるルリエの姿が目に映った。
「歌姫様……?」
後ろ姿なので表情を窺い知る事はできなかったが、アルトの目にはルリエの後ろ姿が酷く怯えた幼い少女のように見え、彼女に声をかける事がしばらくできなかった。
ーー
戦闘後、ノゾミもルリエの水魔法で治療完了し、何とか全員無事で済み。しかし列車が使えなくなった事で次の駅までは竜車での移動としすぐに発つ事を決める。
同じ頃、敗走したボイス、バルテット、ジェスターはそれぞれ別の道を通ってヒタキの街から少し離れた丘へ集結、そこにいたアマトとハーキュリーと合流し三人を見たアマトが小さく鼻で笑ってみせた。
「三人いて、そのザマか……」
「う、うるさい! 俺はあと少しで……」
「ボイスの戯言はともかく、あのノゾミって奴マジヤベェな」
腕を組むアマトはボイスの言葉など無視しバルテットと顔を合わせ、当然だろうなと言葉を漏らすとある事を続けて言い放つ。
「今度は俺一人であいつらの相手をする」
その言葉には四人が驚愕し、その反応に意を介さずアマトは前に進み、丘の下に広がる黄金の草原を見下ろす。
「アマト……お前が一人であいつらやんのか?」
「これは任務ではなく興味でやるに過ぎない、お前たちを退けたという力を直接知りたいからな」
同じディスラプターの一員でも、アマトの存在はバルテットやジェスターは異質に感じ取れていた。外見は自分達より若いというのに明らかにそれに見合わぬ口調と態度、そして、それを許してしまう程の圧倒的な強さを備えている。
「アマト殿がどんな台本を描いてるのかは気になるが、巻き込まれたくはないな。僕は一足先に帰って次の舞台装置を作らねばね……これにて失礼」
仰々しく頭を下げてジェスターがそこから立ち去ると、ボイスも何も言わずに何処かへと姿を消して三人となる。
「今回は譲るが、ノゾミの奴を殺すなよ?」
「あれが脆くない事を祈れ」
「しゃあねぇな……じゃ、オレ様も武器の修理に帰るぜ」
比較的組む事が多いのもあり、バルテットはアマトの実力に関しては詳しいつもりでいる。少なくとも、まともに戦って勝てるかわからないとだけは理解し、そんな彼に狙われた歌姫一行に同情したくもなった。
ゆっくり歩いて振り向かずに手を振り去ったバルテットの姿を見送り、ハーキュリーのみとなると重々しく隣りに来た彼に目を向ける。
「アマト殿、吾輩も付き添おう」
「お前は次の指示があるまで待機しておけ……この遊びは一人でやる」
ルリエ達と相対する事を遊びと言い切りアマトは空を見上げ何かを思う頃、竜車の中でしゃがむルリエは剣を抱き締めて座り続けていた。
(私の、力……)
剣が手を離れた時、不安と恐怖が大きくなったのをルリエは思い返す。自分にとって剣は体の一部、無くしてはいけないもの、自分の力の象徴なのだから。
next……
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